AEVE ENDING




「…っ、」

倫子の肩がびくつく。
髪を掴まれ、頭皮からは出血している可能性もあった。

呼吸はまだ、整わない。


「…ぐ、」

傷付いた獣を手に、武藤の横顔は笑んでいた。

―――それが。



「不愉快」

雲雀がぽつりと呟いた。
その声に反応した朝比奈が、弾かれたように雲雀のほうを振り向く。

「雲雀、さま…?」

朝比奈が捉えた雲雀はいつもと変わらず秀麗な無表情だが、しかし僅かにその柳眉が顰められていた。

しかし探ったところで相手は雲雀。
真意など解るはずもない。

当事者の雲雀はただ、自身から湧き上がる苛立ちに機嫌を傾けていた。
気に入りの玩具を汚されたことに対しての、軽薄な不愉快。


(それに、)

アレを鳴かせていいのは。


―――は、と息を吐く。


(僕ではなく、橘が)

浅い呼吸。
それがホールに響く。

さざめきが静まったのは、その吐息に嘲笑が含まれていたからだ。


「…、橘」

うなだれていた頭が上がる。
露わになった歪な表情には、微笑。


「…まるで見せ物だ」

掠れた声が響く。
嘲笑を含んだ低い吐き捨てに、目を見張ったのは、武藤。

「…あぁもう、折れた」

悪態をつきながら咳き込む。
脇腹を抑えながら咥内の血液を吐き出して、髪を掴み上げている武藤を事も無げに見上げてきた。

「…タフな奴だなぁ、お前」

そんな倫子を見て、武藤が感嘆の声を上げる。


「それだけが取り柄でね」

深く息を吐く。
うなだれていた体が、徐々に力を取り戻す。



(こんなの、全然)


あの頃に比べたら。

―――痛くなんか、ない。




< 395 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop