AEVE ENDING





「なんでも、ない…」
「そう?」

囁いた雲雀の指が、またも痕を辿る。
裂けた皮膚を縫い付けた境を、丁寧に撫でていく。

ひくり。

爪の隙間に擽られる露出した、痕という痕。

―――ぞくり。



「…やめて」
「なにを?」

尋ねておきながら、わかっているくせに。
雲雀は慇懃な笑みを控え目に口許に浮かべ、こちらを覗き見ている。

(必要以上にいやらしく見えるのは私が不埒だからか、かみさま!)

倫子の葛藤を知ってか知らずか――当然、前者であろうが――雲雀は傷を撫でていた指を離した。

再びその指によって包帯が巻かれてゆく。
それは規則正しくくるくると巻かれ、不埒な指は成りを潜めた。

(心臓に悪い…)

ほ、と安堵するのも束の間。


ツッ…。



「、っ」

首筋に走る一際大きな施術痕になにかが触れた。
気配もなくそれは忍び寄り、倫子の肌を撫でていく。

───まるで、愛でるように。


(…っ、ちょ)

か、と頬が赤くなる。
同じ痕を何度となく辿る指は相変わらず優しくて、冷たい。


「や、」

いやらしい。
いやらしすぎる。

死んでしまう!
怖くて顔が上げられない。

今、雲雀がどんな顔でこの傷に触れているかわからない。


(…ちょ、「触れている」とかやらしいから!やらしいからやめて!)

なにを、意識しているのだ自分は。
馬鹿馬鹿しい、余りにも馬鹿馬鹿しい。

(いい加減、やめてよ)

けれど、少し心地良くもある。
居心地は言わずもがな最低だが。

(鋭いメスで無体にも切り裂かれたこの痕を、こんなに優しく撫でて貰ったのは初めて、だ)


―――だから。


(だから、振り払えない…)

恥ずかしいけれど、嬉しくもある。


(恥ずかしいというより、居たたまれないけど)

耐えきれずに目を瞑る。
顔が熱い。

(きっと赤いんだ、それはもうマグマの如く真っ赤になってるんだ!……立ち直れない)

すると俯いたまま露わになっていた旋毛に、吐息が吹き出された。

さも耐えられないと、吹き出すよう、な。




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