AEVE ENDING
やっとの思いで顔を上げる。
雲雀の指は相変わらず耳朶の裏やら喉仏やらを行き来しながら。
妖艶に笑む、男の、顔が。
(う、が、…)
綺麗に曲線を描く薄い唇は、この寒い気候に負けず皹など一切見当たらない。
その麗しい唇が、開かれる。
「───感じるの?」
「…っ!」
笑う。
嗤、われた。
(なにこれ、恥ずかしい…!)
「は、なせ!」
「もうしないよ。こんな皹割れた肌を触っても、愉しくないし」
冷ややかに言い捨てられて、ずくりと心臓が内腑に沈んでしまうのを感じた。
無意識、再び俯いてしまう。
「……、」
(なんで、そんなさぁ)
視線を落とすと見える、赤く皹の走る醜い腕。
ここだけじゃない。
どこもかしこも、傷だらけの醜い身体。
(…汚い)
「橘?」
雲雀が訝しげに呟いた。
けれど顔は、上げられない。
『もうこの体は、役に立たない』
落とした視線の先。
何度も何度も数えた、悲しい無数の痕達。
「…、」
きたない。
無意識に腕に力を込めれば、開いた施術痕から再び血が溢れ出した。
(…全然、痛くないや)
赤黒い血が腕を走る血管のように浮き上がって、醜い。
ところ狭しと走りゆくそれらは、まるで凶悪で不気味な赤虫でも這っているように。
(きたな、い…)
開かれたままの手のひらを握り込む。
手首の血液が押し出されて、純白のベッドに滴った。
まるで倫子の心の染みをひとつ、如実に表すように。
「…ちょっと、なにして、」
その不可解な行動に苛立たしげに顔を上げた雲雀の視界に映る、のは。
「…なに、泣いてるの」
堪えているのか、鼻を赤くしている倫子の顔があった。
雲雀に気付かれたことで、努力虚しくぽたりと涙が一粒。
無色透明なそれは倫子の膝を伝い、先程の血液と同じようにシルクに吸収される。
(…意味が、解らない)
雲雀の心境露知らず、倫子の涙は際限なく溢れだした。