AEVE ENDING
「…っ、」
雲雀の視線気付いた倫子が、左腕で乱暴に涙を拭った。
その乱暴な仕草に、呆れる。
拭い去っても拭い去っても、しかし落ち始めた涙は止まらなかった。
「じっとしてて」
「…っ、」
雲雀の指が伸びる。
故障した腕にではなく、赤くなった顔に。
「全く…、理解できない」
呆れたような声を上げながら、その綺麗な指が倫子の頬を緩やかに擦った。
「私にも、わかんねーや…」
火照った顔に冷たい指が気持ちよくて、思わず擦り寄ってしまった。
雲雀はそれでも手を退こうとはせず、乾き始めた涙を静かに拭い続けてくれる。
(ヒリヒリする…)
あぁ、なんだか、懐かしいな。
「…なんか、雲雀さ」
黙って涙を拭い続ける、器用なくせに不器用な、優しい指が。
「奥田みたい…」
自然と笑みが浮かぶ。
あの頃、痛みに泣き喚く私を一晩かけて宥めた不器用な男を思い出して。
外見も性格も、似ても似つかないけれど。
(…少しだけ、似てる)
あの頃、似ても似つかない父を重ね、慕った男に。
倫子が馬鹿正直に口にしたそれは、彼女にしてみれば親しく感じたことに対しての褒め言葉であり、雲雀には侮辱以外のなにものでもなかった。
「…そう」
頬を拭っていた指が離れる。
(…あ、もう終わりか)
こんな優しくしてもらえることなんて滅多にないのに。
普段浴びせられる容赦ない暴力と毒舌に感覚が麻痺してきているのか、倫子が名残惜しげに顔を上げた、その時だった。
───バチンッ。
高い天井に響く打ち手の音。
急激にもたらされた衝撃と油断による倍の痛みに吹っ飛ばされた倫子は、ベッドから転がり落ちた。
落ちた瞬間、大理石の床に思い切り後頭部を打ちつけた音も鮮やかに。
「いっ…」
床にうずくまる倫子が、雲雀の顔を見ることはできない。
ベッドに腰掛けたまま、酷く不機嫌な───どこか拗ねているような雲雀の表情。
それでも無表情なのは変わらないが、明らかに気に食わないと不愉快を露わにしている顔が。