AEVE ENDING
「奥田奥田、寝てても起きてても、煩いなら」
いっそ声を出なくしてやろうか。
深層から湧き上がるこの馴染まない感情に、雲雀は更に不快になる。
(…こんな馬鹿に、なんで振り回されなきゃならないの)
もっともな言い分だがしかし、それが自らに起因するものだとは、彼はまだ知らない。
───過去をぶちまけていたぶってやろうと思っていたのに。
指先の濡れた感覚に、やる気も削がれた。
(大体、なに、あの顔)
あんな心底、傷付いた顔なんか。
当の本人はベッドの下に落ちたまま、呻き声も上げなくなった。
「橘…?」
声を掛ける。
返答はない。
ベッドのテラス側──倫子が倒れている側へと回る。
そこにはぐったりと横たわった小さな体があった。
「…橘、」
膝をついて俯いている顔を上げさせるが、顔が露わになる前にじっとりとした感触が指先に触れた。
汗?
「…っ、は」
息が荒い。
上向かせた顔は発汗し、唇は半開きのまま浅い呼吸を繰り返している。
「橘」
意識がないわけではない。
薄目を開けてこちらを見るも、苦しそうにすぐ目を背ける。
訝しみながら、雲雀は倫子の体へと視線を移した。
「たちば、」
包帯を巻いた腕に喰い込むほど爪を立てている。
包帯から浮き出ているのは、血痕と膨れ上がった施術痕。
―――醜い。
「…痛むの?」
言葉を掛ければ、千切れんばかりにシャツを握り返してきた。
(ぁ、ぐ…)
無意識に流れてくる思考すら痛みに占拠され役に立たない。
痛む腕を掴んだまま、床に顔を押しつけるように悶絶している。
「…橘」
雲雀は倫子の体を抱き上げた。
負傷した腕に触れないようの注意すら、払わずに。
急に体に沸き起こった浮遊感に、倫子が薄目のまま雲雀を見上げる。
熱に浮かされたような、淡い虚ろの眼が。
「…医務室に連れてってあげるから大人しくしてて」
「…っ、」
「返事はいらない」
言えば、落ち着いたように胸元に擦り寄ってきた。
汗でじっとりと張り付いた髪が、雲雀のシャツに擦れてかさりと音を立てる。
(…なんか、ムカつく)
荒い息が首筋を掠める。
そこからですら、血臭が漂うことが。
傷から垂れた血液が床にぱたりと滴り落ちた。