AEVE ENDING
「…そういえばさ、」
ベッドのシーツに染みる赤が、この白い室内では鮮明に映る。
奥田はそのベッドに腰掛け、倫子の傷んだ髪をゆっくりと梳いた。
「この腕、なんでこんなになっちゃったの」
今更と言えば今更だが、当然の問い掛けである。
普段、彼女を可愛がっている男にすれば尚更。
「…別に。健闘の勲章だよ」
雲雀はさして詳しく語るでもなく奥田に言い捨てた。
奥田は軽く相槌を打っただけで、倫子から目を外さない。
「…雲雀くんさぁ」
倫子の髪を撫でながら、奥田は空気が漏れるような声を出す。
一重の薄い瞼は気怠けに重く伏せられていて。
「倫子のこと、どう思った?」
それはまるで、審判の時を待つ罪人の如く。
「君の幹細胞から勝手に作り出した、なり損ないのレプリカを」
───神を創るために、清らかな体を罪に染め上げた。
「…レプリカ、ね」
それには語弊がある。
「別にどうも思わない。橘は僕のクローンじゃないし、レプリカでもない」
橘倫子は、個を持つアダムだ。
人間からアダムへ変異しただけで、橘倫子であることに変わりない。
(その胎内に僕の根底が埋めこまれていようと)
それはただ、愉しむ要素でしかないのだ。
「…倫子はね、」
ベッドに横たわる傷付いた体に手を添えながら、奥田は小さく呟いた。
(なに、その手。…ムカつく)
奥田は雲雀の内心に気付くわけもなく倫子を撫で続けている。
まるで、今だけは安らかにと、宥めるように。
「ずっと雲雀くんに会いたがってたんだよ。…でも、会いたくないとも、言ってた」
(───体の中があったかいんだよ)
雲雀の細胞を植え付けた直後。
拒否反応はなかったものの、体の脆さが祟って寝たきりになった倫子がそう言った。
元々は人間の体である倫子には馴染まない強大な能力指数。
当然、体は傷む筈なのに、倫子は笑っていたのだ。
『───ヒバリの力なのかな。痛いんだけど、でも心臓のあたりがぽかぽかしてる』
そう言って無邪気に笑った倫子の顔は、今も忘れられない。