AEVE ENDING
「橘」
味噌汁をほくほくのご飯にぶっかけたところで名を呼ばれた。
椀を手にしたまま、倫子は顔を上げる。
「ん?…わ、むぐ」
突如、口の中に差し込まれた箸の先に挟まれていたのは、雲雀がオーダーしたレバーのお上品な炒め物。
料理名は長ったらしい横文字で覚えられなかった。
臭みのないレバーが口の中でとろける。
「うんめぇ」
「だろうね。食べなよ」
そう言って、雲雀は器にこれまた美しく飾り付けられたレバー料理を倫子の目の前に置いた。
「食べ…?」
何故か雲雀にレバー料理を薦められている。
(いや、美味しいんだけどさ)
「いくらしぶといゴキブリでも、血を流しすぎたらしまいには倒れるでしょ」
自分に注がれる不思議そうな視線を受けつつ、さらりとそう吐き棄てた雲雀の言葉に倫子は目を丸くした。
(…え、これって心配してくれてんのかな?あの雲雀が、私を心配?)
「…透けてる」
「…っえ!?あ、ありがと」
(聞いてない)
急激に照れて、ぱくぱくと食べ始めた倫子に、雲雀はもう何度目か、また呆れた。
「うまー」
なにやら企てているのではなかろうかと雲雀を警戒しつつ、かつてこれほど美味しいものなど食べたこともない。
今すぐにでも血肉になってしまいそうな最高級のレバーに向かう箸は止められなかった。
(だって、美味い)
猫まんまの味がレバーに負けて完全に廃れてしまっているが、今夜は仕方ない。
あの雲雀が気遣ってくれたのだ、多分。
(地球が滅びるかもしれない)
いやまぁ、しかし。
(オニアクマより優しくはあるよなぁ。少なくとも)
この男は無慈悲な男ではない。
口のなかでとろけるレバーや、縫合の時、笑ってはいなかったけれど、安心させてくれたり、とか。
(…いやだなぁ)
懐柔されてしまう。
いつまで経っても、心底から憎める要素が、表れない。
「なに間抜けな顔してるの。ちゃんと食べなよ」
ほらこうして、促してくれる。
「…うん」
それでいいのかもしれない。
雲雀を憎まずに済むなら、それはそれで勿論いいのだ。
(例え、こいつのせいでこんな冷たい場所に居るとしても)
―――それなのに。