AEVE ENDING
気配の感じられない扉をノックする。
返答はない。
西部箱舟、住居エリア。
主にアダム候補生、その他職員が生活する範囲のの、更に奥。
人の気配が感じられない、まるで隔離されたような居住区の端の端に、倫子の部屋は配置されていた。
そのこと事について奥田に文句を言えば、倫子の為だよ、と笑って誤魔化されるだけだった。
やはり静かなままの扉に、アミは唇を噛む。
どれほど他のアダム達に中傷され疎外されても、塞ぐことはなかったというのに。
これでは、本当に部屋に居るかも怪しい。
「…アミさん」
そうこうしていると、回廊の向こうから呼ばれた。
「ゆかり」
こちらに向かってきているのは、合同セクションでのアミのパートナー、ゆかりである。
ゆかりは足早にアミの元へと寄ると、ふうと息を弾ませた。
「今日は、火災鎮火後の貧困エリアで課題を行うらしいです。今、招集がかかりました」
そこで、覇気のないアミに気付いて緩く息を吐く。
「…橘さん、いらっしゃいませんか?」
沈んだ表情のアミを気遣うように、声のトーンも落として。
そんなパートナーに、アミは苦笑でも笑みを浮かべて見せた。
「…それが、わからないのよ。留守なのか居留守なのか、透視すれば早いんだけどね」
しかし、箱舟の規則で他人のプライベートを侵害するような透視は禁じられている。
アミとしても、いくら友人とはいえ倫子の意志を無視して彼女のテリトリーに土足で踏み入るような真似はしたくなかった。
「…大丈夫でしょうか」
ゆかりが沈黙を続ける扉を見つめる。
心底から乞うたところで、扉が開くことはない。
(どうしちゃったのよ、橘)
あの溌剌で元気な友人の顔が頭の中をループする。
まるで、橘倫子という存在自体が失なくなってしまったかのような、感覚。
(橘…)
奥田に尋ねても、ササリという東部の保健医に訊いても、なんの情報も得られない。
(雲雀くんは、なにしてるのよ)
彼が倫子のためにアクションを起こすような人物ではないのは承知だが、なんだかんだと仲良くやっていたふたりを知っている分、期待を持たずにはいられない。
「アミさん…」
隣からの控え目な促しに受け、アミは溜め息混じりに倫子の部屋を後にした。