AEVE ENDING






「…っ、ぅ、く」

ぶるぶると震える腕は酷く熱く、まるで高温の小さな獣のように。


「ぁ、…たか、っ」

その獣が、鳴いている。
嗚咽にまみれた言葉は聞き取れない。

「…なに?」

腰に縋りつく獣の髪に指を差し込んで、ゆっくりと梳いていく。
そして上体を屈めて、その髪に鼻先を埋めた。

鼻腔を擽る、汗と血の混じる人の臭い。

(傷付いた獣の臭いだ…)

その獣が、震える喉で絞り出す。


「あいたかった…」

淡く涸れた声は甘美で煩わしい。
だからこそ、胸が焼けて。


「…っ、」

その絡み取った髪を無理に引き上げて、喉を反らせて。
上向いた小さな体に、抱きついた。

浴槽に半ば飛び込む形で飛沫を上げて、その首筋に、深く深く、先程とは比べものにならないほど深く、顔を埋めて。


「…ひば、」

上唇に触れた滴に吸い付けば、腕の中におさめた体が震えた。
薄いシャツと剥き出しの肌が隙間なく絡まって、だから、互いの心臓が、重なって。

(熱い…)

浸かる湯も、掻き抱いた体温も、なにもかも。


───脳髄が、融けて。

もう、なにもわからない。



「…、」

その体を抱き込んでいた腕から力を抜く。

そうすれば、戸惑うように顔を上げた倫子と空中で視線がかち合った。
薄い水分の膜が張る眼球がゆらゆら、水面を映して。


「雲雀…」





(───あぁ、)

久しぶりに、その声を聞いた気がする。

その声が、この名前を紡ぐのは、本当に久しぶり、で。


「ひば」

だから飲み込むように、唇を合わせた。
いつから、こんな風に触れるようになっただろうか。

以前は、他人に触れることすら嫌悪していた筈なのに。

倫子は抵抗しなかった。
雲雀にされるがまま、浸る湯のように流されて、眼を閉じて、肯定する。

緩く動く唇に促され、心臓を合わせて、露わになった肩甲骨に指を這わせる。

指の腹に触れた施術痕をなぞり、湯に浸かる位置まで降りて、また、上昇して。



そして、



(―――落ちてゆく)







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