AEVE ENDING
「何故、タチバナの体は傷だらけ?」
鍾鬼が首を傾げる。
無邪気、だ。
まるで赤ん坊と対峙している気分になる。
純粋な劣悪さを秘めた、正確な双眸。
その眼が、細められる。
まるで姿を隠す月の間際───狂気する暗闇。
「その傷は、」
ざり。
もう、後がない。
「雲雀に抱かれた痕?」
(そうして私を貶めるのは、あんたの役目じゃない)
「―――…っ」
空気が振動する音がした。
その白磁のような頬をぶん殴れば、熟れた果実が散るように朱が這う。
拳をつくったときに突出する骨が、鍾鬼の頬骨にぶつかって痛んだ。
たった今殴られたばかりの男は、笑みも驚愕も、憤りすら張り付けないで、倫子を見ている。
「…なにが言いたいのか知らないけど、そんなに雲雀が好きなら本人に構いなよ」
我慢ならないと発した声は、我ながらひどく排他的だった。
興味の矛先を間違われては、多大な迷惑を被る。
しかし倫子がそう吐き捨てても、鍾鬼はただ黙ったまま、塞ぎ立つ体を退けようともしない。
(付き合ってられねえ)
―――こんな茶番。
足早にこの場を抜け出そうと足を踏み出した。
「…なるよ」
素早く鍾鬼に腕を掴まれ、倫子は歩を止めるしかない。
触れられた皮膚に、意識せずに体が跳ねる。
「…なにが」
真上から見下ろす男を下から睨めつけて、不機嫌を露わにする。
それでも彼の涼しげな顔に変化なんて見られない。
苛つく。
「…遊ぼう」
そうして、にぃまり嗤った男の目は、全然笑ってなどいなかった。
だから、ってわけじゃない。
―――息を飲んだのは。
(…雲雀と同じ眼だから、だ)
高みであるが故、伴う孤独と、排他的な侮蔑。
「遊ぼう、タチバナ」
なんて無垢な笑みを浮かべるんだろう。
(…冗談じゃない)
それなのに、倫子の唇は無様に震えただけでなにも紡がなかった。
(この眼に、雲雀を見てる)
憐れだ。
地下水を吸水するポンプ音も、間抜けに弄ばれた自分も、痛む拳も、焦がれる胸も、代わりを見つけた眼も、なにもかもが下らない。
(…代わりなんて、誰にも務まらないのに)
だからこそ、解っていて縋る私は、憐れのなにものでもない。