AEVE ENDING
外見とカタコトに懐柔されて、早二週間。
初対面は明らかに好印象ではなかった筈なのに、何故か今では完全に折れてしまっている。
(片言が可愛いからってわけじゃないんだけど)
鍾鬼も、偏見なく倫子と向き合ってくれる一人だった。
(それが嬉しい、なんて)
やはり甘いのだろう、私は。
『甘えるのもいい加減にしたら』
私を甘ったれてると言ったのは、確か。
「…雲雀、寝てる」
考え込んでいたら、不意に図星を突かれた。
(…聞いてないっつの)
「聞きたそうな顔、してたから」
してない。
「雲雀と話は、しないのか?」
「する必要がない」
頼むから、揺るがすな。
私と雲雀は、今のこの距離が丁度いい。
(顔も合わさず言葉も交わさず、そして思考すら通わせないで)
接点、というものがなければ他人でいられるのだ。
「行こ」
互いに嗜好に偏った夕飯を手に席へと辿り着く。
取っ付きにくい印象らしい留学生と弾かれ者の倫子を避けてゆく生徒達のお陰で、すぐさま特等席が空いた。
ガラス越しに海が一望できる席に座る倫子と鍾鬼は、無言のまま手を合わせた。
「「いただきます」」
この礼儀は、日本に来てから覚えたらしい。
雲雀のマナーの良さが功を奏し、彼を見よう見真似したのだと思われる。
味噌汁から視線を上げた先に、どっぷりと重い暗雲が垂れていた。
(…台風がくるかな)
灰色の世界。
真っ白で、眩しい。
「…此処は、黒が浅い」
遠くで響く雷光に目を細めていると、横に座る鍾鬼が小さくそう洩らした。
横を見やれば、彼も同じように目を細めている。
「俺の母国は、…昼も夜も真っ暗で、誰も見えない」
ぽつり。
その暗闇に落ちる一粒の灯りは、本当にそこに在ったのだろうか。
「自分の手を、目の前に翳しても、見えない」
音がするだけの、世界。
中国は、先の大戦の被害が大きかった国のひとつだ。
日本とは比にならない放射線濃度の高い雲や雨が滴るという。
「…断ち切りたい」
それは陽の光を一切通さない、無色の世界。
その場所に産まれ落ちた自分自身を、呪っている。
(恵まれなかった、とは嘆きたくない)