AEVE ENDING
「…雲雀、雲雀、雲雀。お前はさっきからそれしか考えていない」
倫子の呟きに満足したのか、鍾鬼は靴音高らかに再び歩み寄ってきた。
瓦礫の凹凸などものともせず、まるで身軽な蝶のような姿が、倫子には逆に恐ろしい。
「皮肉だな。雲雀を唯一理解してやれる存在が、お前だとは、」
(…そうじゃねーよ、間抜け)
「なにも知らないくせに偉そうな口叩くな。片言よりタチわりぃ」
立ち上がり、瓦礫の隙間を縫うように後退るれば、なにも纏わない足裏に硬い材片が傷を作っていく。
「片言はただの演出だ」
「…どうせなら、終始演出してろよ。まだ可愛げがあっただろ」
「お前はどちらにせよ口が悪いな」
「今更」
「…確かに今更、だ」
(なにもかも、知らない振りか)
では、倫子も雲雀も武藤も朝比奈も、この箱舟ですら、この男の掌で遊ばれたことになる。
(釈然としない)
自分はともかく、あの雲雀まで?
(───大体、奥田の馬鹿野郎はなにしてやがんだ)
あらゆる面で闇組織の魔の手から雲雀を守れる筈の男が、まさかヨリを戻した女に溺れているとは―──ましてやその女とやらが自分の親友だとは─―─考えたくないが。
「…っ、」
一歩一歩左脚を動かす度、傷付いた太股がずくりと鳴いた。
痛みに歪む倫子の顔を楽しげに眺めながら、男は。
「お前の存在自体が修羅への冒涜であるというのに、お前は修羅に最も近しくあるらしい」
それは事実なのか、或いは。
(どいつもこいつも、身勝手な奴ばかりだ)
外野から好き勝手に言ってくれる。
雲雀も私も、セットにされる謂われはないのに。
「…ひとつ訂正があるんだけど」
強く睨みつければ、鍾鬼は訝しげに首を傾げて見せた。
明らかに自分が優勢であるこの状態で、しかしそれでも折れない倫子が気に入らないのだろう。
「…なに?タチバナ」
その声に些か不機嫌さを滲ませつつ、素直に問うてくる姿は可愛いのだが。
「あんた達が求めてるのは修羅じゃない。雲雀は雲雀だよ、違(たが)えるな」
本当に皮肉だと、思わずにはいられない。
(…憎しみの矛先を、私は庇ってる)