AEVE ENDING
「…っ、」
ぶつりと糸が切れたように、倫子の体が崩れ落ちた。
それを玩具のように支え、鍾鬼はその口角に笑みを湛えたまま雲雀に向き直る。
双子に立ちはだかれながら、しかし雲雀は腕を組んだまま動こうとしない。
警戒すら、しようとせず。
(さすが修羅、と讃えるところか―――)
その湖面のような気配はまるで波立たない。
視線は、腕の中の生き物に縫い止められたまま、全く変動しない静謐。
「…そんなに嫌か?こんなものを手放すのが?」
(それ程の男がこれほどまでに執着する価値が、果たしてこの女にあるのか)
美しい容姿や美声を持つわけでもなく、アダムとして高い能力と才能を秘めているわけでもない。
万人を惹く性格でもないし、極端な善人でも悪人でもない。
(…田舎臭い、ただの女だ)
しかも、醜い。
それなのに、この執着のしようはなんだ。
(───まさか知っているのか?)
この腕で眠る、化け物の秘密に。
(それならば尚更、手元に置く必要もあるまい)
考えれど思考が定まることはない。
なにせ神の思考。
愚民が追求することも赦されることでもない。
「…橘が、僕の代わりになると思うの?」
修羅が口を開く。
探るべく出た言葉というより、心外だ、とでも言いたげである。
「───まさか。このちんけな蟲が修羅の代理になるわけもない」
さも可笑しげに、鍾鬼は苦笑を形どる。
「…それなら、僕を釣る餌にするつもり?」
至極真面目に吐き出されたその言葉に、鍾鬼は口角を釣り上げた。
「…その言葉が出たということは、この蟲は君の餌になり得るのか」
まるで自らが認めているように。
「…さぁね」
ふ、と溜め息が漏れる。
組んでいた腕を解いた雲雀がどこか項垂れる視線を落とす。
「…あぁ、面倒臭い。なんでいつも厄介事ばかり連れてくるのかな」
明らかにそれは倫子に向けられた科白。
呆れているようで煩わしいようで、けれど悪くない、と。