AEVE ENDING







「足掻かせるには、この林檎は醜すぎるから」

だから、お前を釣る餌にしか成り得ない。


「…神に祝福を」

するり、とその姿は風に融けるように消えた。
まるではじめから、そんな存在、どこにもなかったかのように。

空気の気泡となって、鍾鬼と倫子は、姿を消した。




「みち、こ…?」

薄闇の彼方。
姿を消した男と親友に、アミが愕然と呟く。

「倫子、」

それを耳に、どうしようもない苛立ちに駆られて、そしてそれは、ただの喪失感へと変化してゆく。
双子がこちらを窺うように視線を交え、雲雀にその気がないと見るや否や、律儀に一礼してやはり音もなく姿を隠して去った。


―――再び訪れた、静かで冷たい夜。

それに、アミの戸惑いだけが滲んでゆく。



(―――なにもなくなった)

あの声も腕も髪も、眼も魂も、なにもない部屋の残骸を、ただ呆然、と。



「やだ…、倫子、どこに行ったの?」

泣きそうだ、と無意識下で考えていた。
泣かせればやはり、倫子は怒るだろうか。

(…でも、)



「ねぇ、雲雀くん、倫子は、倫子は、どこ…」

(彼女を、泣かせているのは)


「やだ、…倫子、」

絶句した彼女を。

泣かせているのは。






「―――アミ、」

耳に不快なトーンが響いた。

どれほどこうしていたのか。
数分経っていたのか或いは、一瞬であったのか。


「…おく、だ」

遅い登場を果たした保健医に、雲雀の腕からすり抜けたアミが縋りついた。

「奥田、奥田、倫子が…」

譫言のようにそう続けるアミの肩をやんわり抱き、なるたけ優しい笑みを浮かべた奥田はその耳に何事かを呟く―──途端に崩れ落ちた体を支え、奥田は重い溜め息を吐き出した。





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