AEVE ENDING
「…馬鹿、」
考えていても仕方ないことを、ただつらつらと、この切迫した空気のなかで。
酸素が行き渡り、やっとはっきりしてきた脳に、頭を切り替えるよう息を吐く。
濁っていない空気。
小綺麗で、潔癖と言えるほど清潔な部屋。
───それに。
(…静かだ)
耳が痛くなる程。
ただ聞こえるのは、自身の呼吸音のみ。
窓が開けられているのか、先程から視界をかすめる白いレースのカーテンが、不規則に揺れている。
(風も無臭だ…。西部寄りの海岸近くじゃない)
箱舟に収容されて以来、嗅ぎ慣れた潮風とは違う、無味の気流。
微香を感じ取ろうと、風がそよぐそちらへと気持ち首を傾ければ。
「……あ、」
(───植物の匂い…、花の匂いがする)
それも結構強めの芳香。
どこかで嗅いだことがある───あぁ、薔薇…、だ。
(研究当時は、薔薇園の地下で暮らしていたから)
まさかここは、あの瀟洒な洋館を象った研究棟なのだろうか。
地上は洋館と薔薇園。
地下には秘密裏に設計された様々な研究に対応できるエリアが縦横無尽に張り巡らされている。
(…だとすれば、)
研究当時、当然だが倫子が地上へと出ることは赦されていなかった故、ここがその場所だとしても確かめる術がない。
―――静かな気配。
鍾鬼は、料理を用意させていると言っていた。
ならば、厨房を取り仕切る人物がいるのだろう。
いるのだろう──、が。
(シャットアウトされてる。なにか特別な力で…、鍾鬼の仕業か?)
この室内にのみ、張り巡らされているのだろう。
生物の気配を断つ、なにか膜のようなものが。
(───こりゃ、寝たきりにも限界があるなぁ)
早く身体を回復させなければ。
うまく回らない頭では、テレパスが雲雀に届くかすら判断しかねる。
(…そんなこと赦すほど、甘くはないと思うけど)
一先ずは、外界からの助けは一切ないものだと考えるべきだろう。