AEVE ENDING
「…鳴かない犠牲に、魅力なんか感じない」
捕まれたままだった右手を振り上げ、指に絡む人形を叩き落とす。
人の掌ほどしかなかったその人形の球体は、無様にも軋みを上げてバラバラに床に転がった。
「君には解らないと言うのか。この無垢な美しさが」
「解りたくもないよ。人形趣味の変態」
チリチリと肌を焼くような力の摩擦。
この場に倫子が居れば、きっと卒倒していたことだろう。
互いの皮膚から湧き上がる力と精神の異なる襞が空気を縫い、交わることなく潰しあっている。
「お前は相変わらず、肉体を使うのが好きだな」
雲雀が桐生を蔑視したように、桐生は雲雀に呆れたように呟いた。
「修羅」と謳われる雲雀の戦闘スタイルは、昔から変わっていない。
雲雀ほどのアダムならば、己が肉体を駆使せずとも物体破壊のサイコキネシスのみで充分に人を殺せる。
それこそ弱い人間相手なら、殺伐とした思考ひとつで殺せてしまうほど。
しかし雲雀は、それを好まない。
自らの拳を振り、脚を落とし、頭を使って相手を物理的に追い詰めてゆく。
手を使わずしてサイコキネシスなど、当然、使わない。
理由は明白。
自らの指が揺るぎない生きた肉を裂き、血を搾り取り、悲鳴を上げさせる。
その行為に、えもいわれぬ快を感じてしまう異常者であるからだ。
元々、「修羅」というふたつ名を与えられた由縁も、自らが手を下した獲物の血を全身に浴びて尚、冷笑を浮かべて静かに喜ぶ残虐な姿からである。
命乞いも慈悲も憐れみも赦さない、絶対的存在の証。
事実、「修羅」には危険分子という意味も含まれている。
そして、そんな雲雀の加虐性は美しい、と桐生は常々思っていた。
甘えを赦さぬ精神も、人の腐敗した醜さを厭う無垢な様も、他人を家畜と称し、それでもその絶対的なカリスマは失わない美麗で聡明な姿も。
つまらなそうに獲物の首をもぐ姿すら、感嘆するに相応しい。
折れることなど有り得ない、白磁の芯。
黒く染めることも叶わず、穢すこともすら厭わしい。
黒に汚れる白でもなく、黒を覆う白でもない。
触ることすら叶わぬ、不可視な透明色。
それはまさしく『神』の器だと、桐生は考えていた。