AEVE ENDING
「…雲雀くん、」
柔らかく大人びた声が、東部箱舟から帰った雲雀を呼び止めた。
以前なら、声を掛ける気すら起こらないほど周りと一線を画していた男だが、最近、その空気に隙ができた、と彼女―――アミは感じていた。
「…なに」
そしていざ話してみると、意外に「律儀」だということにも知った。
ただ、今の彼はどこかピリピリしていて、普段なら柔和にも見える眦は釣り上げられ、不機嫌を露わにしている。
(でも昔なら、こんな表情、出したりしなかっただろうな)
アミが指す、「昔」や「以前」とは、雲雀がまだ倫子と出会う前のこと。
倫子贔屓のアミは、雲雀のこの変化は倫子によるものだと確信していた。
あながち間違ってはないが、雲雀当人にしてみれば受け入れがたい事実なのは確かである。
「その顔じゃ、収穫なしだったみたいね…」
雲雀がなにをしに東部へ行ったのかは知らないが、連れ去られた倫子の行方を探るためだということには気付いていた。
だからこそ殺気立ち、誰も声を掛けようとしない雲雀にあえて話し掛けたのだ。
「…いきなり、なに?」
雲雀が眉を寄せる。
聡明な彼がアミの言わんとすることに気付かないわけがない。
不愉快そうに顰められた眉は、人の顔を見ていきなり肩を下ろしたアミの無礼さを非難するものだろう。
吐き捨てた不機嫌とともに歩き出してしまった雲雀を、アミは足早に追う。
憮然とした背中に苦笑を浮かべ、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。倫子のことについてなにかわかったか、訊きたくて」
長い回廊を、雲雀の二歩後ろを歩く。
隣には並ばない。
(…彼の隣りは、倫子のものだから)
尋ねたところで、そのまま無言が続いた。
「……」
床を叩く革靴とヒール音が不規則に重なり、アーチ型の回廊に響き渡る。
教会のようだ、と口にしたのは、確か倫子だった。
無言のまま、ただ静かに終わりの見えない回廊を進んでゆく。