AEVE ENDING







暗雲の隠す、大切な果実の行方。


「───…う、」

耳に重なる慟哭は、この身を悦びに打ち震えさせた。

神の声が聞こえる。

ゆっくりと、暗い底に眠る私を浮上させて、光へと導いてくれる、声が。





「…目覚めた先が地獄だと、知っているのだろう?」

―――ばちり。

勢い良く持ち上がった瞼から、きょろきょろと眼球が覗く。
辺りをさ迷っていたそれが桐生に気付くと、不快に眉が顰められた。


「…誰」

警戒を滲ませる低い声は抑圧された空気を動かすことなく玉となって流れてゆく。

「わたしが誰であろうと、今の君には関係のないことだ」

質問を跳ねつければ、それは鼻穴を広げて不機嫌を露わにした。
鍾鬼に言いつけ、連れてこさせた囚われのひしゃげた果実。

型枠の装飾が美しいワインレッドのソファに意識のないまま座らされていたそれは、今は意志も露な眼球を盾に、こちらを睨みつけている。

湿気を好まない桐生のドール達のために換気を禁じているこの部屋で、停滞する空気はどこか埃臭い。

デスクに腰かける桐生の顔しか移さぬような暗いランプに眼を細めながら、倫子は見えもしないのに辺りを探っていた。


「―――橘倫子」

桐生が口を開けば、倫子はソファから身を乗り出した。
警戒は当然、解かない。



「わたしが何故、君を連れ去ってきたか、わかるかね?」
「…知るか、このクソ野郎」

間髪入れずに吐き出された口汚い悪態に、桐生からついつい笑みが漏れる。

「口ばかりは威勢がいい…」

嘲笑う。
敏感にそれを感じ取った醜い林檎は、唇を噛み締めてこちらをより一層強く睨みつけてきた。

―――ならば、切り込む角度を変えよう。

桐生の白の濁りに、憐れな林檎は腐臭を撒き散らしながら瞳を鋭くする。


「君は、自分の死に様を思い描くことができるかね?」

無言が続く倫子の代わりに独りごちた。

けれどはじめから、この問いには答えを求めていない。




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