AEVE ENDING
「…、」
立ち眩み、を。
真っ白な世界が、反転していく。
(───橘…)
薄い瞼の裏で、ある筈もない映像が流れていた。
脳に直接、否応なしに流し込まれる映像の中央に立つのは、雲雀が知る、倫子ではない。
『壊れちゃえばいいのに』
なにも纏わない裸のまま、その肩を抱き締めて、憎々しげに。
『…もう、厭だ』
痩せ衰えた頬が苦痛に歪む。
噛みしめ過ぎたその唇からは血が滴り、自身の皮膚を掻き毟った爪にこびりつく、血の塊。
今でも短いと言える、あの傷んだ髪は申し訳程度、頭部に残されたまま。
剃られた部分からは、赤い縫合の痕が生々しく剥き出しになっていた。
『…っ、壊れちゃえばいいのに、壊れちゃえばいいのに壊れちゃえばいいのに壊れちゃえばい、…のに…!』
ひくりと歪む眉は情けなく剃られ、傷痕が皮膚の上で揺れる。
(───何故、これが生きている、のか)
あの雲雀でさえ、瞑目してしまうほどに。
『…っ、も、いやだ、いや…、だ、うぁ、あ…』
誰もいない部屋で、──―果たしてこの空間を部屋と呼べるのか甚だ疑問に思うほど、家具も窓もなにもない、ただ四方の壁があるだけの真っ白な場所で、倫子は己のうちを沸かせるどうしようもない感情に悶えていた。
『…っ、ぅ、え』
赤い縫い目が痛ましい爪先が苛立ちに床を蹴り上げる。
顔を覆って、腕を震わせて、全身に恐怖と不安を滲ませて、物体のないなにかに、泣き縋るように。
『、ぅ、ぁ…っ』
昔の記憶であるはずの―─―或いはもしや、現在進行でこの状態なのか、未だ判断はつかぬまま。
「、」
それでも、醜い嗚咽は、この体を震わせる。
(……橘)
胸中で呟いた名前は、あまりにも空々しくて、思わず。
『たすけ、…て、ぇ』
血が霞む涙が川となって流れてゆく。
まるで世界を二分する線のように、強烈で、柔らかいもの。
『…ヒバリ、』
乾いた声が、幻影の中に木霊した。
それは雲雀の、知らない声で。