AEVE ENDING






突き刺さるその痛みに、なにもかも棄て去ってしまいたくなる。







「―――橘…?」

静かな回廊。
そこに緩やかに広がった、覚えのある気配に雲雀は足を止めた。

唐突に押し寄せた静かなその波の正体に、愕然と息を飲む。


「橘、」

一定の波長―――生物ならまず有り得ない、抑揚のないそれに、ぞっとする。

今の場所より更に奥。

以前から入室を禁じられていた、桐生の私室。
たまに意識を傾ければ、血のにおいが微かに漏れ出る異様な空間だった。

そこから流れ出る、倫子本体のにおい。

それに混じる刺激臭は、薬品のものだろうか。


(なにが、起きているの?)




「…雲雀様」

その部屋へと近付けば、微弱な木漏れ日に融けそうな少女が立っていた。

ひとつ扉を開けた先には、更に続く回廊と、黒い扉。

繊細な木彫り装飾をされたその扉は威圧的で、今にもこちらを飲み込んで懐柔してしまおうとしている。

―――しかし、少女がまるで雲雀を庇う盾となっているかのように佇んでいた。


「引き返して下さいませ、雲雀様」

以前の気位の高そうなイメージとは違う、どこか影を落としたリィの姿に、雲雀は首を傾げた。


「…そんな状態で、僕の相手ができるの?」

問えば、その細い肩が震える。

「それに片割れは?双子のオッドアイ」

更に詰めれば、息を飲む、細い喉。

なにを隠しているの?




「―――ねぇ、」

真っ青な顔色が、発せられる声に伴い静かに影を深くする。

先程から滲む、彼女からの有り難くない思考が煩わしい。



『白に、』

『―――この人、なんで、生きて…』

『私が手にしたなかで最も醜く、憐れなお人形だ』


白に、殺されてしまう。





語らなかった口が開かれる。
意を決したように震えたそれは、やはり震えた声しか産まない。


「…雲雀様、私達側について下さいませ。そうすれば」

そうすれば、―――絶句する。

同時に流れてきた薄気味悪い、傷が膿んだような白の脅迫が雲雀の脳裏を掠めていた。





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