AEVE ENDING
「…でもさぁ」
吐いた紫煙が奥田の掴み所のない性質を表すかのように、宙にくゆっては形を成さずに消える。
「可哀想だと、思わねぇ?」
苛立ちに任せるまま、誰が、と口を開こうとして、ササリは止めた。
そんな愚問を口にして、自ら墓穴を掘りたくはない。
「…アレを彼女に強いた時点で、可哀想の域は越えてるわよ」
代わりと言ってはあまりにもつまらない言葉に、奥田は再び喉を鳴らす。
「だよなぁ…」
昔を、思い出していた。
それも大した昔じゃないというのに。
「研究員に選ばれた時は素直に喜んだもんだけど、アレはなぁ…」
耐える姿は痛ましい。
それでも、縋ってくれたほうが、よほど。
知らぬうちに巻き込まれた渦はあまりにも暗黒で、奥深く、陰湿。
そうだ、「アレ」は、労ることすら徒労に近い。
「しかも不正行為があっての選別だもの。それを行った人間を考えれば、「あの二人」は因果なんて言葉じゃ片付かない」
ササリは肩にかけていた白衣から煙草を取り出すと、込み上げる記憶を誤魔化すように火を点けた。
ジリ、と鳴いた先端が、何故か悲しい。
『―――奥田、死なせて』
たった一度、だった。
その伸ばされた手を振り払ったのは、他でもない、自分だろうに。
「なんの、つもりなの」
苦しめて苦しめて、それでもまだ、足りないっていうの?
ササリの無言の責めは、奥田に嘲笑を運んだ。
(…そうじゃない)
そうじゃ、なくて。
「罪滅ぼしを、したかったのかもなぁ」
こんなものを口にしたところで戯言に過ぎないだろうが。
「責任もなにもない、なにも知らない彼に、なにを期待しているの?」
ササリの静かな問いに、奥田は嗤って応えた。
「期待なんかしてないよ」
ただ、自分の手で変えたかっただけかもしれない。
変化と呼べるような変化ではなくても。
あの不快の空に、絶望しか待っていなくとも。
―――期待すらしていないくせに。