AEVE ENDING
「…奥田は、人間だから」
そこでやっと、雲雀がその重い口を開いた。
「橘の眼に、耐えられなくなっただけ」
あの真っ直ぐな、躊躇いを知らない眼に。
自らの罪の重なりを以てして、彼女はあまりにも寛容すぎた。
(ただの莫迦とも、言うけど)
「ねぇ、いい加減、昔話には厭きたよ」
桐生の道楽にここまで付き合った自分を褒めてやりたいと、煩わしげに首を傾げて、雲雀は。
「どうでもいいんだ。橘の過去も、その過去に僕がどう絡んでいても、橘がなにを思っていても」
それら全て、気に留めるようなことじゃない。
「人類の計画もアダムの陰謀も、産み出された橘という名の肉塊も、僕には関係ない」
唯一、神が求めるものは。
「気に喰わないのは、」
雲雀の湖面のような眼が桐生を見据える。
ぞっとする静か過ぎる無垢な視線に、桐生はひとり笑みを漏らした。
(どうしても手にしたいと求めた神が今、目の前に)
「つっ、」
その時だ。
雲雀から気を逸らした桐生の片耳が背後へと吹き飛ぶ。
「―――僕以外に、橘が暴かれること」
ぶちりと切れた細胞の塊はごろりと床に転がり、しゅうしゅうと細い煙を上げていた。
桐生は白濁を歪め、しかしそれでも、笑みは崩さない。
高熱で焼き切られた為、耳があった場所はぢりぢりと皮膚が焦げ、しかしその高温故、血は流れなかった。
「橘を生かすも殺すも、それを決めるのは僕だと、言った筈だよ」
勝手に賽を振られては、不愉快極まりない。
(橘の全てを握るのは、僕だけでいい)
「…随分と、これが気に入りのようだ」
桐生の皺枯れた唇から、嘲るような音が零れていく。
悔しさすら滲む、声音。
「いつから、そのような腑抜けになった?何者をもひれ伏させるカリスマはどこへ消えた?」
怒りも露に吐き出される言葉の数々には、ある種の惜念。
しかし雲雀は、それを温風のようにかわした。
「…僕は僕のしたいようにやる。指図は受けない」
なにを勘違いしているのか。
はじめから桐生の人形になど、成り得ないというのに。