AEVE ENDING




「……、」

歪められた口角は、しかし言葉を吐く事なく。


「タチ、」

呼ぶ、が、しかし。



ド…ッ…。



「…っ、てぇぇ!」

刀を掴んだままの左手をそのままに、右手で顔面を殴られた。
力の限り殴られたとは言え、非力な腕でここまでのダメージは考えにくい。

それに弾かれたということは、アダムの能力を使ったのか。

力の摩擦が原因か、ヂリ、と倫子の指先が裂ける音がする。
しかし傷みに顔を歪めることもせず、倫子は真醍を見上げたまま。


『…橘の体は、アダムの能力負荷には耐えられない』

―――例えそれが、自らの力であっても。

以前耳にした、雲雀の言葉が蘇る。


(…おかしくなっちまったのかよ、タチバナ)

あの發溂と馬鹿笑いするタチバナはどこへ行ったのか。

(魂も肉体も同じである筈なのに、)

見下ろす真醍から不意に視線を外すと、倫子は鐘鬼と面向かった。


「…橘、」

その人形染みた―――否、人形である彼女の歪な両腕が、鐘鬼の両耳に伸びる。
届かない身長差に、爪先と腿の筋が伸縮する。


「…っ、」

短い指に、ぐ、と包まれるように囚われた頭。
その腕を振り払う前に、脳髄に衝撃が走った。


「……ガッ、」

喉が、無意識に喚く。

神経が滲む感覚。
なにもかもが麻痺し、痙攣する。

電流で焼き付けられた脳味噌から、強烈な痺れが全身に広がっていった。

ズルリ、と小さな両手から崩れ落ちた黒髪の頭に、倫子は瞬きすらしない。


「オイ!」

自分が倒すべき相手を仕留められ、真醍は思わず倫子の肩を掴む―――が、かくりと抵抗なく振り向いた倫子の腕が目に入り、驚愕に目を見開いた。


「…お、まえ」

電流を流したせいか。

だらりとぶら下がった両腕は真っ赤に爛れ、肉の焦げる臭いすら漂い、指先は負荷に耐えられず痙攣し、指の間は血の膜で繋がっている。


「タチ、」

呼び掛けようとしてまたも、絶句した。

生意気で馬鹿でタフで、けれど朗らかに笑う倫子はもう見る影もない。

その虚ろで嫌悪すら感じる冷たい目、は、痛みも畏怖も、そして後悔すら感じない。

躊躇ない生き物―――人形の極。





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