AEVE ENDING






「…雲雀様、西部からお帰りになられたのですね」

まだ幼い顔が雲雀の前に進み出た。

ぽってりとした目許があまりにも幼稚で、きっちりと着こなした制服が妙にこども染みて見える。
頬を赤らめて尋ねてくる栗毛の少年に、雲雀は面倒だと言わんばかりに冷たい目をやった。

しかし少年は雲雀のそれには気付かず、話を続けるよう唇を開く。


「雲雀様が合同セクションに参加されたと聞いて、腹立たしかったんです」

悔しい、と。

我々アダムのなかで、最も高尚で無垢で麗しい雲雀様が、何故、わざわざ西部などという辺境に赴かなければならないのか―――。

雲雀がなにを言う前に、幼げな少年はその胸に手を当てて、劇的に独り語る。
通常の雲雀であれば、早急に殴って黙らせたであろうが、なにを思ったか、今の彼はただ黙って少年の話を聞いていた。

   ··  
珍しく温厚に他人と対峙している主君とも云うべき雲雀の様子に、ざわつく他生徒達がわらわらと群がりを強める。
勿論、雲雀の逆鱗に触れないよう、慎重に控えながら。

「雲雀様のような方がこの収容所で我々と生活を共にしていることすら信じがたいというのに、聞いた話によれば、セクションでの雲雀様のパートナーは無知で間抜けで、己と雲雀様の格差を認識していない無礼千万な輩だとか、」

悔しげに下唇を白い歯が噛む。
その仕種に、吐き気がした。


「僕が側にいれば、雲雀様に無礼を働く者などすぐ殺してやるのに」

まるで芝居だ。

完全に自分に酔い知れている。
無知で幼く、間抜けなのはどちらだと云うのか。


「…じゃあ、死んで」

雲雀が閉じていた口を開く。

目の前の少年は、目を丸くして主君に与えられた言葉を咀嚼した。
周囲の生徒達が、ごくりと息を飲む。


「君は今、僕をとても不愉快にしてる。…無礼だと思わない?」

緩やかに伸ばされた口角は嫌味たらしい言葉とは裏腹に儚げで柔和ですらある。

雲雀の言葉など耳に入らず、それに見惚れている少年の横を雲雀はゆるりと擦り抜けた。

そして耳元で、ひとつ。




「桐生、君もね」








< 670 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop