AEVE ENDING
「―――橘?」
至近距離に立っても微動だにしなかった倫子の顔がかくりと項垂れた。
彼女を支えていた糸が切れてしまったかのように、力なく弛緩する。
(…やっと目に、色が戻ってきてたのに)
一瞬だけ垣間見えた、真っ暗な底の揺らぎ。
今はもう、見えない。
血塗れの両腕を見れば、ここに来るまでなにをしてきたか容易に想像できる。
(殺してなきゃいいけど)
馬鹿笑いしあう真醍と倫子の姿が、不意に脳裏に蘇った。
悲しむのは、心のないドールのほうだ。
「…、」
ゆっくりと顔を上げたと思えば、ぞっとする程、生白い肌に思わず眼を見開く。
人形ではあるが柔質の肌に、先程まで確かに触れていたというのに。
呼び掛けてももう、無駄だ。
血肉がこびりついた爪がぬるりとこちらに伸びたかと思えば、直ぐ様スピードを増して首を狙ってくる。
「操られても、猪のままだね」
猪突猛進は性分か。
くすり、と笑めば、倫子は隙を突いたかのように腕の筋肉を伸ばしてきた。
「…甘いよ」
爪が首筋に触れる瞬間、一歩足を引けば、首を貫く筈だった爪は空を切る。
攻撃が外れてもぴくりとも動かない眉は、すぐさま脚で床を蹴り上げると雲雀に向かい跳ねてきた。
数ミリ届かなかった腕が、直ぐ様、心臓を狙ってくる。
それを遊ぶように避けてやれば、やはり無表情のドールがそれに合わせててくるくると動いた。
身軽さは相変わらず。
しかし今は操られている身だ。
普段なら体術だけで向かってくるだろうが、そうはいくまい。
倫子の負傷した腕など気にも止めず、桐生は強引にでもアダムの力を使わせるだろう。
「…、」
いつまでも捕まらないこちらに業を煮やしたらしい。
苛立ち紛れに振り上げた腕が、血を撒き散らしながら電流を伴い纏う。