AEVE ENDING
色を喪くした倫子の額を殴り、抗うように細められた目にその頭部を前から掴み上げた。
掌で視界を覆うように指先に力を込め、精神系の能力に意識を集中させれば、脳髄、全身に走る神経という神経が手に取るようにわかる。
その神経に絡み付いている細いピアノ線のような糸は、非物質。
鍾鬼が倫子を連れ去る際、噛みきった肉から垣間見えた施術の糸を道標にするように。
(―――これが、傀櫑の糸…)
桐生の白濁に似たその糸は、倫子の神経に取って代わるように絡み付き、ズルズルと蠢いていた。
思考を催眠能力で完全に眠らせ、この糸で全身の自由を奪う。
―――完全なる、人の塊。
(破壊するには、)
操縦者である桐生を殺すか、この操り糸を消滅させるか。
(…無理に切れば、橘の体に負担が掛かりすぎる、)
しかし、桐生の気配は微塵も感じられない。
意識を失ったままの倫子が再び動き出す時間はそう長くないだろう。
下手に長時間操らせていれば、桐生を見つける前に倫子の体は能力開放により限界を迎える。
―――赤く爛れた肌の隙間を縫うように走る黒い施術痕はところどころ亀裂が走り、半粘質の赤い涎を垂らしている。
生来血色の良い肌は既に色味を失い、青白く陽に透けていた。
上下する胸は、確かにそこにあるのに。
繰り返す鼓動は確かに、耳につくのに。
(―――死人みたいだ…)
ゾ、と心臓が凍り付くような寒気が襲った。
触れている皮膚を通して血の巡りを確かめて尚、痛みと恐怖に息が詰まる。
(…この僕が、)
―――堪えられない。
この生気のない顔を見るのはもう、厭きた。
「…橘」
薄い両瞼を隠していた掌に力を込める。
ぎゅ、と指先に圧された肌が鳴いた。
「我慢してよ」
泣き言は聞かない。
―――力尽くで、取り返す。