AEVE ENDING
するり、と伸びてきた掌に首の裏を撫でられた。
そこに走る傷痕を辿られて、トクリ、と心臓が密やかに跳ねる。
「…なに、」
もう少し、あと少しだけ浸らせて、と口にする前に。
「いい加減起きなよ」
「ヘブッ!」
―――殴られた。
(…ちょ、待てよ)
倫子を殴り飛ばした当人は、厭味たらしく肩が凝ったと言わんばかりに首を左右に曲げながら立ち上がる。
カツリ、と澄まして鳴いた革靴に目を遣れば、腹立たしさが腹の底から沸き上がった。
「おい、今のムードに今の暴力シーンはどう考えてもミステイクだろ」
立てた抗議は久しぶり過ぎてうまくもない。
「そうかな。僕には必要不可欠なもののように思えたけど」
「いてぇよ」
「良かったね。感度は良好みたいだ」
「感度とか言うの止めて下さいませんか。相変わらずお前が言うと卑猥だよ。卑猥。ヒワイヒバリ」
「鳥類に実在しそうだね。殺していい?」
「ヒワイヒバリをですか。どうぞどうぞ絶滅に追いやって下さって結構です」
こんなやり取りも久しぶりだと、思わず調子に乗ってしまう。
正気に戻った目で自身を見やると酷い状態だったが、懐かしくも相変わらず命懸けな掛け合いをしてる間は、痛みも浅い。
そんな倫子を見下しながら、雲雀は小さく息を吐いた。
「…馬鹿馬鹿しい。ぐずぐずするなら置いてくよ」
呆れたような口調。
でも、絶対、置いていったりしない。
(…背中は見せても、遠くで、見えなくなるくらい遠くで、待っててくれるくせに)
「なに笑ってるの?」
「笑ってねーよ」
「…早く立ちなよ」
「怪我人だよ。立たせてよ」
「甘ったれないで」
「甘やかしぃのくせに」
「…殴りたくなるから黙ってくれる」
あんたが発する一言一言に、忘れていた呼吸の仕方を思い出す。
伸ばせば届く位置に、その白いシャツがある。
甘えて伸ばせば、気紛れに手だって取ってくれる。
「ひばり」
背中を向けて歩き出した雲雀に、一番丁寧に呼びかけて。
やっぱり振り向かない、真っ直ぐな背中に微笑した。
―――ねぇ、雲雀。
「…ただいま」
あんたに殺される為に、帰ってきたよ。