AEVE ENDING
大好きな兄。
決して朗らかとは言えないが、いつも病弱な自分に優しく接してくれていた。
周囲から見れば冷たく見えただろうが、雲雀という兄は、確かに真鶸に優しかったのだ。
母や父が多忙な日には、自分も忙しいのに箱舟から抜け出して代わりに会いにきてくれたり、真鶸のたわいない話に静かに耳を傾けてくれた。
―――冷酷な神と呼ばれた兄は、自分にだけは優しい。
それは少し悲しくて、けれど真鶸のささやかな自慢だった。
(兄様はカリスマとしてじゃなく、もっとずっと深い本質を、皆に好かれるべきなんだ)
けれど誰も、それに気付いてくれない。
「―――そういえば兄様、僕はこれからどのような訓練を受けるのですか?」
カツリ、カツリ。
こちらの小さな歩幅に合わせてくれている兄を嬉しく思いながら、真鶸は問い掛ける。
雲雀は真鶸を一瞥して、考えるように口を開いた。
「…真鶸は僕が見るよ。アダムとして覚醒したからといって、すぐに不特定多数と行動はできないだろうから」
雲雀の言葉は真鶸には難解だった。
(…鳥籠で育った僕には、対人関係の感覚が欠如しているのだろうか……)
「―――そうじゃなくて、先ずは箱舟に慣れてから、と言ってる。今までとは違って、ひとりで生活することになるんだからね。それまでの訓練や教育は僕に一任してある。…無理はしないで」
あぁ、優しくて、賢い。
けれどそれでは、そんな兄の足手まといになってしまうのではないか。
「……あの、でも、兄様にご迷惑は…」
真鶸が申し訳なさそうに言えば、雲雀は思い出したように溜め息を吐く。
「…まぁ、出来の悪い生徒が一人増えただけで、なにも変わらないからね」
(…増えた?)
なにか引っ掛かる言葉に、真鶸は首を傾げる。
「兄様は、他にも誰かの面倒を見てらっしゃるんですか?」
いつだって独りを好む兄が、まさか。
ついつい気になって、素直に尋ねれば。
「―――救いようのない馬鹿を一人」
そう言った兄の横顔は、今まで見たことないくらい、穏やかだった。