AEVE ENDING
程なくして寝息を立て始めた倫子を眺め、雲雀はふうと溜め息を吐く。
一日にこんな何回も溜め息を吐く雲雀を、真鶸は初めて見た。
(箱舟に到着してから、「初めて」がいっぱい…)
どれもこれも新鮮で、思わず胸が弾む。
そんな真鶸に気付いたかのように、雲雀はその均等の取れた顔を真鶸へと向けた。
そうしてゆっくりと、口を開く。
「…あのふたりは、なにか言っていたかい?」
あのふたり。
雲雀が指すその言葉は、いつも真鶸の胸を痛くする。
わくわくと膨らんでいた心が音を立てて萎むように項垂れながら、真鶸は倫子の部屋の扉を閉めた。
―――彼女には、聞いて欲しくなくかった。
そうしてソファに腰掛けた雲雀の前に、歩幅一歩分をあけて立つ。
なにを考えているのか皆目見当もつかない夜色の眼を、そっと窺う。
―――気を、遣われているのかな。
雲雀は、あのふたりの話題なんて耳にもしたくない筈だ。
(でも、僕がアダムとして箱舟に来たから…)
ようやっと鳥籠から飛び立ち自由に身を委ねていた兄の、僕は図らずとも鎖になってしまったのだろうか。
「…真鶸」
そんなことを考えていたら殷懃な声に呼ばれた。
顔を上げれば、やはり感情を示さない、端正で美しい顔立ち。
けれどそこに柔らかさを含むのは、真鶸だけのものだった。
「余計な気遣いは僕を馬鹿にしてるよ。構わないから、お話しよ」
まるで歌うように促され、真鶸は思わず眉尻を下げる。
(相変わらず、お優しい)
ほくりと暖かくなった胸にはにかんだ真鶸に、雲雀の手が伸びてくる。
頭を撫でられるまま足元に腰掛けて、体育座り。
幼い真鶸がまだ自宅で療養して毎日を退屈に暮らしていた頃、箱舟から帰省した雲雀によくお話をねだったりした。
秘められた歴史とか―――兄様は歴史の裏と呼ばれる一般には公開されてないことまで知っていて、博識の域を越えていたように思う―――、箱舟の暮らしとか、それから、外の世界のこと。
その時の雲雀の口癖は、アダムとヒトに共通するもので、「傲慢と愚眛」。
(ふふ…兄様らしい)
そんな時、よくしていた語り手と聞き手のスタイルだった。