AEVE ENDING
「この、…っ」
傍らに立っていたもう一人の男が飛びかかってくる。
掲げられた拳の向こう側で、驚愕したまま止めに走ろうとする真鶸と、それを制止する雲雀が見えた。
スローモーションで流れる男の動きに合わせながら、胸に沸き上がるどす黒い感情に蓋をする。
(…あぁ、苛々する)
そんな目で見るなよ、頼むから。
『こんな化け物、私の息子とは似ても似つかぬよ』
黙れ黙れ黙れ、頼むから。
―――男の拳は、とても重そうに見えた。
恐らくその拳にだけ倍の重力を作り出しているのだろう。
喰らえばひとたまりもない。
顔に穴が空くか、或いは壁に吹き飛ばされるか。
(殺られる前に、)
―――殺らなきゃ。
あぁ、世界が真っ赤に染まる。
「橘」
とても静かに呼ばれた名に、男の首を狙っていた手が無意識下で躊躇した。
これだけの騒動のなかで、倫子の耳にはっきりと届いた、「声」。
さあと血の気が引いた頭で、目を丸くする真鶸が見えた。
(…雲雀は?)
見えぬ姿を探しながら、勢いを増した男の拳が振り下ろされる衝撃に耐えようと息を詰める。
「―――…、」
が、なにもない。
代わりに、別の悲鳴が上がった。
「雲雀、さま…っ」
今まさに倫子を撲ろうとしていた男の腕を掴んでいたのは、真鶸の隣にいた筈の雲雀だった。
その細い五指を男の手首に絡め、じ、と見ていた。
呆然としたまま動かない倫子を無感情に眺め、一言。
「真鶸の前で暴力はやめてくれる?教育に悪いから」
つい先程、倫子が発した台詞そのままを吐き出して男の手を離した。
畏れ多くも雲雀に触れられた男は顔を真っ赤にして雲雀に一礼する。
倫子と男達との騒動に、まさか雲雀が乱入するとは思っていなかったらしい。
その表情には、戸惑いと畏怖、畏敬が入り交じっていた。
辺りで楽しんでいた生徒達も目を丸くして雲雀の動向を見守っている。