AEVE ENDING
「奥田」
奥田の広く薄っぺらい背中について箱舟を廻りながらも、行き先は知っていた。
この地中海をイメージした収容所の末端。
普段、生徒達が利用しない研究棟の更に奥―――回廊がぶつりと途切れた場所。
海は数十メートルの崖下。水平線だけが近く見れる場所は、倫子と奥田の内緒話には持ってこいのスポットだった。
カツリ。
辿り着いたその場所で、奥田が円柱へと背を預ける。
―――デジャヴだ。
確か雲雀とペアを組まされたあの日にも、やはり倫子は奥田とここにいた。
「新制度交流セクションの話、聞いた?」
煙草をぷらぷら揺らしながら奥田は言う。
その火の点かない先をぼんやりと見つめながら、倫子は雲雀の話を思い出していた。
新制度交流セクション。
一体なんの関係が?
「どんなものか、説明は受けたよ」
ついさっき、雲雀から。
奥田は一瞬目を丸くしてから、やがてついと細め、呆れたように息を吐く。
「全く、雲雀ちゃんてば何者なんかねぇ。一応、極秘事項なんだけどなあ」
「その極秘事項を喋ったのはあんたでしょ」
バシッ。
つんとした声と共に現れた美女に驚いた。
奥田の後頭部を叩いた手をそのままこちらに振り、笑みを浮かべるのは―――。
「サッチャンっ!」
彼女はササリ。
人体実験にてアダム化した倫子の試験後のリハビリを担当していた、研究者のひとりであり、奥田の同期。
本来は東部箱舟専任の保健医だが、現在は合同セクションにて続出する怪我人をカバーするため非常勤として西部に在籍している。
倫子の過去を知りながら、普通に接してくれる数少ない理解者だった。
「久しぶりね、倫子」
艶やかな黒髪を高く結い上げたササリが、美しく笑う。
リハビリ当時、自分の醜い体とササリの美しい体を比べては憧れて羨望していたが、今はただ、こうして普通に会話できるだけで嬉しい。
(…あの頃の私は、とんでもなく荒れ果てた馬鹿野郎だったからな)
それも仕方ないと笑い飛ばしてくれたのは、彼女だった。