AEVE ENDING
「そんなヒト見間違うような女に触っては、汚れますよ」
にこやかな笑みを浮かべているのに、吐いた言葉は毒よりも重い。
倫子を取り囲んでいた集団のなかのひとりは、まるで真鶸を導くかのように手を差し出してきた。
(…貴方達と同じ場所になんか、行きたくもない)
「…っ、!」
その手を振り払おうとした真鶸の視界に、こちらへ静かに歩み寄ってくる雲雀の姿が入り込んだ。
それに気付いたらしい梶本が、声を立てて笑い出す。
「あぁ、修羅―――。君もこんなイヴをパートナーにしなくてはならないとは可哀想だ。なんなら私がこちらの理事に掛け合って、この女を君のパートナーから解任してやってもいい。君は我々、東部箱舟が誇る歴代の中でもトップのアダムだ。こんな落ちこぼれの腑抜け、君には相応しくあるまい」
その口調があまりに癪に障る言い方だったので、真鶸は思わず立ち上がり教師に手を上げた―――。
「…橘、いつまで寝てるの」
けれどそれは、梶本の頬を殴る前に制止してしまう。
それを遮ったのは誰でもない雲雀で、梶本の言葉を全く無視したまま通り過ぎ、倒れる倫子の脇腹を脚先で突つついていた。
「兄様、」
乱暴なやり方に真鶸が眉を顰めるが、雲雀は気にもしていないようだ。
「…橘」
相変わらず微動だにしない倫子を呼ぶ。
それこそ屍ですら目覚めさせてしまうような、強く、麗しい声で。
それでも冷たいと感じたのは、恐らく彼女が被害者だからだ。
理不尽な暴力、隔離、排斥を強制されている倫子に対して、雲雀は厳しかった。
今だってそう。
立たなければ赦さないと言いたげな目で、倫子を見下ろしている―――。
「…、」
ザリ。
砂の粒子が鳴り合う音がした。
「…倫子、さ」
―――唇が震えたのは、上げられた倫子の顔に映る、揺るがない意識を正面から受けてしまったから。