AEVE ENDING
眼前に広がる果てしない死海は今も淡く暗灰に発光し、それを映す空はやはり、重圧なカーテンに覆われたまま姿を見せないでいる。
(美しくなんかないのに)
「…橘」
穏やかな声。
耳に親しむそれは、初めて会った時と変わらない。
変わらないのに、微かに、深い穏やかさがある、そんな気がするなんて。
「戻るよ。風が冷たくなってきた」
そうして庇うように腰を抱く手に、淡い幸せを噛み締めていたら。
「締まりのない顔」
ドバシッ。
「…っ、…っ!」
腰を抱かれたまま殴られた頬に激痛が走る。
目の前の原因は、涼しい顔でこちらを見ていた。
「、テ、メ…!いい加減にしろよこの暴力オタク!毎秒毎秒ポカポカしやがって!頬骨ヘコんだらどうしてくれんだ!!骸骨だよ骸骨!片方だけ骸骨!」
「スマートになっていいんじゃない?顔だけ」
ぶに。
最近妙に肉付きのいい腹を摘ままれた。
「摘まむんじゃない!」
バシリ。
その曇りない綺麗な手を叩き落とせば。
「…その調子」
ガブリ。
「っ」
右耳に噛みつかれた。
「君が僕に遠慮する必要は、どこにもないよ」
だから、病むな、と。
「研究が、真鶸が、例え橘を一生縛りつけるとしても、それは過去でしかない」
真摯に、なにを伝えようとする?
(あんたを穢したのは、誰でもない私なのに)
「…そんなものに固執してる暇があったら、その虫酸が走る自己犠牲と自己嫌悪の考えをやめてくれる?不愉快」
パシリ。
今度は鼻を叩かれた。
地味に痛い攻撃に一瞬瞼を閉じた瞬間。
「…、」
柔らかな、今にも皮膚に溶けてしまいそうな唇が額に触れた。
そこに走る、薄い施術痕を慰めるように少し中央から逸れて。
「…雲雀、」
見上げた先には、やはり、歪まない美しい無表情。
(それでもあんたは、求めているのか)
私があんたを求めているのと同じように。
「優し過ぎて気持ち悪い」
――――ゴス。
それでも痛いものは痛い。