AEVE ENDING







「兄様…っ」

真鶸の悲鳴が響く。
雲雀はただ、正面を見据えたまま動けなかった。


「兄様、兄様、倫子さんが…っ」

実の両親よりも倫子を心配するような声に、内心、苦笑する。

当然か。
父と母と呼ぶには、あまりにも遠い二人だった。


「とめてください!…じゃなきゃ、倫子さんが」

泣きながら、雲雀に縋りつく。
けれど雲雀は、魂を奪われた旅人のように、動けない。

―――止める?

何故?



「あんなに、綺麗なのに」

凄惨な血臭が鼻をつく。

頭皮ごと髪を引き剥がされた女のものか。
これが母のものだと言うだけで、気分が悪かった。

くたりと横になった一対の人間はまるで藁人形のように、倫子の前では無力。


(それでもかつて、橘を支配していた)




「父様、母様…」

隣で真鶸が愕然と呟く。

あの二人に、そんな悼む声を向けられる資格などないのだ。

(橘にしたことを考えれば、あんな代償、塵に等しい)

正面に立つ倫子は、激情に惑わされ、それでも覚悟を胸に、揺れていた。


「倫子、さん、」

真鶸が恐怖におののく。
倫子には酷な声だろうが、仕方のないことだった。


―――いつだったか。





『修羅は寧ろ、橘、君だよ』

腐敗した体でそれでも憎しみを忘れられず蒼く、怒(いか)る姿はなによりも。



―――あぁ、





(…それでも、憐れだ)


本来、ヒトを呪うにはあまりにも性根の優しい者である筈なのに。


「いつもいつも、泣いてる」

泣きながら、それでも引かない、―――引けない、のか。



『…きっともう、元には戻れない』

過去に磔にされ、足掻くことしかできないでいる。

―――莫迦だね、橘。




「元に戻る必要なんかないのに」


その傷付いた体で、それでも前に進むしかないってこと、君は知っているだろう?




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