AEVE ENDING






「アナセス…」

ニーロの腕を解き、こちらに歩み寄ってくる美しい、マリア。

白い睫毛は僕ではなく、女に向いている。
直視すらしがたいと力が入る目尻を、見逃す筈がない。


「アナセス、危ない」

咄嗟に庇うが、女の意識がこちらに向いたのと同じように、アナセスの意識も完全に女へと向いてしまった。

ゆるりと絡まる筈もない視線が、緊迫した空気に浸透していく。

静かに高まるのは、女の醜い嫉妬だった。


―――あおが、まぶしい。








「なにを、畏れているのでしょう」

神は、静かにそう問い掛けてきた。
倫子は答える気力もなく、彼女に向き合う。

倫子よりも小柄で華奢な体は、今にも爆発してしまいそうなほどに、目映い。


「混沌とした中身…、傷付いて、傷付いて、貴方は、出口を探しているのですね」

優しい言葉だった。
それこそ、倫子を心底から気遣うような。

(一句一句、私を救おうとする言葉)



「…どうして、泣いているの?」

それなのにこの虚無感は、なんだ。

「この方達が憎い?憎くて憎くて、殺してしまいたい?」

そのたおやかな手が伸びてくる。
白銀に輝く、穢れを知らないまっさらな指先。


(…腐ってしまう)




「でも、」

柔らかな声が凛と柱を立てる。

強く、抑制する声色。


「貴方に彼らを殺す権利は、ありませんわ」

そう誰にも、他者の命を奪う権利など、ある筈がないのです。

それは神の声か、或いは裁く者の声か。

この私に重みなど、感じられる筈がなかった。




「―――…」

憐れまれているのか。

そんな安っぽい正義の言葉で、じゃあ、私は、どうすればいい?


アナセスは正しい。

清廉であり潔白。

穢れを知らない、無垢で無知な魂。


(…きれいね)

きれいで、きれいで、他者の痛みなど知る由もないのか。

「あんたは、きれいだ…。そしてなにより幸せ者だ。その綺麗な体を、皆に慈しまれて、」

私にはもうない手を、お前は持っている。

まっさらなその全てを穢さんと守る、優しい手を。





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