AEVE ENDING
「僕がさっき、綺麗だと言ったことを褒め言葉と勘違いしてるみたいだから、訂正しておくけど」
未だに呆然とするアナセスを冷ややかに見下ろしながら、雲雀は鼻を鳴らした。
「産まれたての赤ん坊のように、無知で無様で甘ったれで、不愉快なまでにキレイだ、って、僕はそう言ったんだ」
だから目の前をちらつくのやめてくれる?
不愉快極まりないから。
それは、温室にて真綿で包まれるように生きてきたアナセスにはあまりにも厳しい一言だったのだろう。
ただでさえ白い肌は蒼くなり、今にも卒倒しそうなまでにその細い体を揺らめかした。
開くことのない真白の瞼はだからこそ、痛みなど感じたこともないのだろう。
「しかもその無知故に橘を傷付けたんだから、余計、始末が悪いよ」
ああ、この場にアミがいれば、倫子さんがいれば―――。
(…兄様)
兄を疑ってしまった自分を恥じて、真鶸は俯いた。
(兄様が、倫子さんを見棄てる筈がないのに)
―――でも。
「…兄様、なぜ倫子さんが独房に連行されるのを止めなかったんですか」
ひとつだけ残る疑問はすぐさま解明された。
ぎゃあぎゃあと喧しい「マリア」のメンバーと蒼白のアナセスを無視して、雲雀はふらりと舞台袖から離れる。
「対アダム用の独房が、今の橘にとって一番安全な場所だからだよ」
あの場所ならば、アナセスの強力な波長も届かない。
なにかの拍子でアナセスが力を解放すれば、きっとそれを抑えるに同等の力を雲雀も解放することになる。
「そうなれば、橘の脆い体は重圧に耐えきれず綻んで、橘が一番畏れる結果に逆戻りしてしまう」
―――つまり倫子を守る為に、わざと。
安堵しきった真鶸の考えを見透かしたのか、雲雀が独特の笑みを浮かべた。
「橘を他人に譲る気は更々ないよ。橘を終わらせるのは、他の誰でもない、僕だから」
そうしてホールを後にした雲雀の目的地は、問わずとも解る。
―――喪失に項垂れていた倫子の笑顔が早く見たいと、真鶸はこの時、暢気に考えていた。
暗闇を歩くことには慣れていた。
まるで暗澹とした世界の縮図を見るようだと、神は言ったのだ。