AEVE ENDING






頬を伝う透明が塩水なのか淡水なのか、もうわかりはしない。


「っ、突き放したくせに、助けになんか、くるな、…っ」

揺るがすなよ、頼むから。


「私に触るな、…っこんなきたな、…―――お前が、汚れていく、から」


だから。



「…ねぇ、」

顔を覆うその手の甲に、労るように口付ける。

抗わないで。

無理にこじ開けた扉を、再び閉じようと、しないで。


「君に触れるのは、僕の勝手だよ」

指の隙間から覗く眼は、純粋な子供が醜い大人を窺うような、もので。


「…最も、君に触れるのに、君の許可なんか取らないけど」


がぶり。

橘が油断した瞬間、冷水で赤くなった耳朶にむしゃぶりついた。

軟骨を歯で楽しめば、揺れる。
跳ねる喉、反応する体をタイルに抑えつけて、耳朶を含んだまま、背中を抱き竦める。

ひくついてばかりの体は憐れで、それでもこの腕の中に気高いまま、在るのに。


「なんでそんなに、恥じるの」

―――この僕が余裕なんてないくらいに、欲しがってるのに。

剥き出しの肩に唇を押し付けて、作られては流れる滴を啜り、あの男に触れられただろう箇所に掌を這わす。


「っ、ひば、」

この先になにが待ち受けているのか理解したらしい橘が、涙顔で抵抗を始めた。

柔らかく脆い体は、こんなにも暖かい。




「―――嘘だよ」

その小さな体を、忌むべき男の腕で抑え込みながら。

「な、にを…っ」

抵抗に跳ねる手首を捻り上げ、傷が走る鎖骨に容赦なく歯を立てる。

目前に曝された喉が上下に動くのを見ながら、さあさあと際限なく流れるシャワー音だけが、変わらない。


「…橘が僕を必要としないなら、僕も橘を必要としないなんて―――そんなの、嘘だ」

乳房の間、左寄りの腹に口付ける。
まるで小動物のように大きく跳ねていた心臓に、思わず笑いが漏れた。


「橘が僕をどう思おうが関係ない。…君は、僕だけのものだ」

君を生かすのも殺すのも、他人に譲る気はない。



「…橘、」


ねぇ、ちゃんと見て。






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