AEVE ENDING
倫子に触れている指の皮膚は吸い付くように柔らかで、冷たくて、でも暖かい。
白と対比する真っ暗な濡れ羽色の髪から覗く長い長い睫毛に溜まる真珠のような滴。
自然の美しい花びらに伝う、雨の玉ように見えた。
(―――きれい)
あの美し過ぎるアナセスですら息を飲む、深層で透明な神が。
(…きたない)
なのに、対比するすべてが、おぞましい。
『まるで人間ではないような、生き物』
『キモチワルイ』
『…これ、なに』
『この醜い腕も脚も腹も、存在すること自体罪になる』
過去は過去であり、過ぎた筈のそれは過去であるからこそ、倫子を形作るひとつであり、変えることも戻ることも赦されない。
過去に喰われた、怪物だ。
『―――ねーちゃん…?』
「…っ、だ」
ひくり。
心臓が伸縮して同時、網膜に水が張る。
「…橘?」
訝しげに見上げてくる夜の眼がきれいできれいできれいで、羨ましくて。
「いやだぁ、…」
太股を慰めていた唇から、逃げた。
跪く美しい男と、醜い脚を曝け出した醜い女。
(…汚い)
「いやだ、私…、や、だ」
そう泣いた倫子の眼に、なにが映っていただろう。
戦慄すら走る静かな空間で、倫子はただ泣きじゃくっていやだいやだと赤子のように繰り返す。
産まれたばかりの赤ん坊に、戻れるなら。
まっさらで穢れを知らない、美しい赤ん坊から、再び始められるなら。
考えても仕方ないことばかりが頭の中をループして、終わりなど見えない。
いやだいやだいやだ。
本当はこのまま、身を委ねてしまいたいのに。
雲雀に、大好きな雲雀の腕に、なにも厭わず融けてしまいたいのに。
―――いやだ、いやだ、いやだ。
「…っ、」
でも赦せないのは、この汚らしい自分自身だ。
触れればたちまち汚れてしまうようなこの醜悪を孕んだ体なんぞを、雲雀に捧げられるわけもない。
触れて欲しいと願うことすら、おこがましい。