AEVE ENDING
―――カシャン。
母国から持ってきたアナセスの小さな宝石箱が床に落ちた。
カラカラと中身が転がる音を耳にしながら、ロビンはぼんやりと鏡を見やる。
美しいアナセスが、悲痛に顔を歪めていた。
そんな光景が先程から頭を支配して、隅へ流れていかない。
『無知な赤ん坊』
例のダンパの席で、アナセスにそう吐き捨てた美しい男を思い出す。
長い睫毛は嫌味ではなく美しい曲線を描き、それに彩られたブラックパールの眼は深く煌めいていた。
低くも高くもない鼻梁はバランス良く配され、その下の唇は英知を思わせて不用意には開かない。
透明に透ける肌は全身の均等によく馴染み、その濡れ羽の髪は、夜だ。
―――美しかった。
世界一と歌われたアナセスを見慣れたロビンでさえ、息を飲んでしまうほど。
惹かれた。
その洗練された、強烈な業に。
(あんなものが生きているとはなあ)
まるで現実味を帯びない、神話や聖書の中でしか存在を赦されないような、稀有で至高の存在。
アナセスが自らを磨ききれていない原石だとすれば、あの男は神によって麗しく整えられた傑作だ。
(こんなに平和で能天気な国で、まさかあんなものが産まれるなんて)
その双眸は妥協を許さない。
自らを吐き捨てる程の潔さと、厳粛。
「…、」
眼を合わせた瞬間、全身を業火で焼かれてしまったかのような錯覚すら、覚えた。
けれど、己が崇拝するというより、妹のような存在として守ってやりたいと常々思っているアナセスにあそこまでストレートな嘲りを見せた男を何故、嫌いになれないのか。
「…まあ、当然カナ」
なにせ件のアナセスが完全に酔いしれてしまっていたからだ。
あの恍惚とシュラを見上げる眼。
白いマリアは、黒髪の神に恋をした。