AEVE ENDING
じっと見上げてくる充血した眼はひどく痛々しい。
あちらこちらにある小さい傷や血が痛ましい。
アナセスには有り得ない姿である。
だからか、思わず。
「女なんだから、少しは見た目くらい気にしろよ」
…しまった。
この台詞は彼女を馬鹿にしているように聞こえる。
もしかしたら怒りを買うかもしれない。
アナセスの手前、それはあまり良い傾向とは言えない。
ダンパから明らかに、仲を違ったままであるのに。
しかし、橘は目を丸くしてこちらを見たかと思うと、笑った。
いや、吹き出した。
「変なヤツ。私のこと嫌いなんじゃないの?」
俺が単純に傷の心配をしていることに気付いたらしい。
初めて見る笑顔は、本当にどこにでもいる女の子のもので。
―――だから尚更、その傷だらけの顔に違和感が湧く。
「…別に、嫌いってわけじゃ」
自分でもバカか、と思うような返事を返していた。
やはり橘は可笑しそうに笑ったままだ。
「…いちいちバカが売ってくる喧嘩なんか買うなよ、女なんだから」
何故か悔しくて、斜めに視線を逸らしたまま思わず憎まれ口を叩いてしまった。
しかし、橘の笑顔は変わらない。
「バカにでかい面させたまま泣き寝入りなんて、死んでもごめんでね」
にやり。
なんともニヒルな微笑を浮かべて、橘はするりと俺の横を抜けてしまった。
血の臭いが鼻をつく。
それなのに、この清々しさはなんだ。
不気味なくらい、強く在る芯で一突きされたような。
思わず引き留めようと口を開く前に、橘が振り向いた。
少し困ったように眉尻を下げた表情はこちらを窺い、気遣うもの。
「悪かったよ」
「はあ?」
なにが?
それは謝罪なのかなんなのか、考えあぐねている俺を笑いながら。
「初めて会った時、あんたにもアナセスにも、悪いことした」
ごめん。
底抜けに明るい顔で笑う。
溌溂、とはこういうことを言うのか。
淑やかで柔らかく、相手の全てを包み込むように笑うアナセスの顔がよぎり、彼女には絶対にこんな笑顔は浮かべられないな、と。
その真逆の面影が何故、重なったのか、自分でもわかりはしないが。
「じゃあね」
高く伸びる声は何者より強く隔たりない。
タチバナミチコの印象が、ガラリと変わってしまった。