AEVE ENDING
「みっちゃん…」
先に折れたのは奥田だった。
しかし、倫子には折れる気配がない。
懐柔などされて堪るかと、ひたすら猫まんまに意識を集中させている。
「ね、みっちゃん」
「怒ってんの?」
おずおずと様子を窺う奥田に、そこでやっと倫子は箸を止めた。
「…怒ってないと思うわけ?」
はみかみ笑顔で十七歳の小娘の機嫌をとるニ十七歳独身。
食堂に集まる一同が、そんなダメ丸出しの奥田へと白い視線を向けるなか、倫子は猫まんまを完食した。
「倫子」
空になった食器を返却口へ戻し、倫子は奥田を無視して食堂をあとにする。
それを無様ではない程度の歩調で追いかける奥田。
怒る女のケツを追う時点で充分無様なのだが。
「倫子」
さくさくと先へ進む倫子と、それを付かず離れず追う奥田。
まだ午後八時だという時間帯だけに、うろつく生徒の数も少なくはない。
普段より東部アダム九十四名が増えているのだから、尚更。
「修羅」のパートナーは、このとき既に西部箱舟中に広がっていた。
様々な感情が綯い交ぜになった視線が倫子を突き刺すが、本人は気にした風もなく生徒達がごった返す長い回廊を進んでいく。
ここでも食堂と変わらぬほどの注目を受け、陰口も散々叩かれたが、もう少し先に行けばきっと静かになるだろう。
白く淡い、仄暗い回廊の終わりに着けば、人の気配は届かなくなる。
迷いなく進む、倫子と奥田の目的地だ。
やがて、ひゅう、と回廊を抜ける風の匂いが変わった。
異国の地中海沿岸をイメージしたというこの白い巨大な収容所を、縦横無尽に走っている回廊の末端。
一般生徒の利用が許されている教室、学習室が皆無なので、自然と人気はなくなる。
普段、生徒達が能力の開発に当たる研究棟…所謂校舎とは、端と端に位置するため生徒が近付くこともない。
そうして突き進んだ果てには海がある。
荒廃した灰色の世界を目の当たりにできる眺望。
秘めやかに愛を育む恋人達が利用するには絶好のポイントではあるのだが、今回この場に現れたふたりはそんな甘やかな関係ではなかった。
岸壁の上にぶち当たる回廊からは海に直接下りられはしないが、一面に広がる水平線には人を圧巻させるには十分の迫力があった。
正に途切れた、と言ってもいい回廊の終わりに腰掛け、倫子は視界に広がる暗い海を眺めている。