AEVE ENDING






「…あのさ、」

今にも垂れそうな涙を舐めて、どれほど時間が経ったのか。

抱き締めたままだった小さな体が身じろいだ。


「…なに」

ただ離したくなくて、回した腕の力を弱めずに訊く。


「…あの、」

それでもその先を語ろうとしない倫子に、雲雀は訝しげに眉を寄せた。

なにが言いたいのかわからない。

抱き竦めた位置。
鎖骨に凭れている小さな頭が躊躇いを強くする。

「なに?」

再度強く聞き返せば―――多少の不機嫌さを露にして―――、倫子は意を決したように額を押し付けてきた。
背中に回る短い腕にも力が込もる。


離せ、か、触るな、か。

おおよそ良い台詞は期待していなかった雲雀の耳に、小さすぎる振動が飛び込んでくる。



「……キス、したい」


幻聴が聞こえた。



「……すれば」

内心で驚きつつ至って冷静にそう答えたが、いつまで経っても倫子は顔を上げようとしない。

そんな「待ち時間」に焦れて、その頭に噛みつく。

跡が付くくらい、強く。
効果音を付けるならがぶり。
勢いは上々である。


「ぎゃっ」

相も変わらず色気もクソもない鳴き声だが、顔を上げたので文句は言うまい。

白日の元に曝された顔は見るも無惨。
目許、頬、鼻は赤くなり、仏頂面は頂点に立とう。

笑うのを堪え、その体を膝に乗せて抱きすくめれば、居心地が悪そうに視線を逸らす。


「すれば」

やはり堪えきれない笑いを誤魔化すように、促せば。


「…は、」

阿呆面。

「したいんでしょ」

なにを、とは言わせない。

言い出しっぺはそちらだ。
受ける為に待つくらい、幾らでもする。


「…が、」

しかしそれがいけなかったらしい。
目線を合わせているのも原因か、恥ずかしさのあまり思考が追いていないようだ。

更に赤みを増した、例えるなら熟れすぎたトマトのような倫子が無駄に愛らしく見えるのは今に始まったことではなかった。

からかいたくなるのも苛めたくなるのも、性分だ。


「浜辺じゃ、あんなに積極的だったのにね」

古い話を持ち出したとは自分でも分かっていたが、効果は抜群。
あれだけ露骨に迫ってきた記憶を互いに忘れるわけがない。

熟れたトマトはとうとう腐り果てた。





< 914 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop