AEVE ENDING
その隣に腰掛けることは決してせず、太い支柱に背を預けた奥田は、暫し黙る。
倫子の耳がこちらの声に傾くのを待つように、ただ黙っていた。
「…巧く、やれそうか?」
高くもない波が、じわりと音を立てた瞬間だった。
タイミングを計ったように不躾に吐き出されたそれは、あまりにも無責任で、手放しの戯言だ。
ガンッ!
まるで長い長い間、噴出すのを土のなかでずっと待っていた溶岩のように、倫子は憤慨した。
汚れた床を容赦なく殴りつけた小さな拳を、奥田は無感情に眺めている。
酷く身勝手な男だ、この奥田という男は。
(…今更、だけど)
だから。
「なにを、巧くやればいいの」
殴った手をそのままに―――だからわざと、皮肉を口にした。
奥田は、相変わらず無機質な氷みたいな声で言う。
「…お前が、やりたいように」
なんて。
心にもない言葉を吐くためにその口はあるのだろうか。
「…殺せば、いいの」
確かにそう望んでいた、あの殺伐とした頃を再現したいのか。
「お前が望むなら」
そんなこと。
「無理を承知で?」
思ってもいないくせに。
「確かに、お前じゃあ「神様」には太刀打ち出来ないだろうなあ」
―――嘘つき。
知っているくせに。
絡んだすべての糸を順繰りにほどいたのは、あんたなのに。
「あの男は、「神様」なんかじゃないよ」
暗く澱んだままの眼差しでは、もうないから。
「じゃあ、「アレ」は、なに?」
あの男は、じゃあお前にとってなにになるの、ねぇ。
「倫子」
復讐の相手か、パートナーか、化け物か、はたまたただの人間か、それとも。
「今はまだ、早い」
決断を下すには、なにも知らなすぎる。
そう語る背中が、「強い」のか「弱い」のか、奥田には解らないまま―――。
「倫子」
呼ばずには、いられない。
「…倫子」
例え応えはなくとも。
「…なに」
すくわれてくれ。
霞むような奥田の吐息を、倫子は嘲笑で一蹴した。
「なにそれ、偽善者ぶってんの」
そう言って笑う倫子に、笑い損ねたピエロはおどけて肩を竦めて見せた。
(―――救われてくれ)
きっと本心でもないし、嘘でもない。
ただ変化を求めて、強引にさだめをねじ曲げた男の、ただの戯言だと流せばいい。