AEVE ENDING




「…あいつといると、思い出すよ」

ぽつり、呟かれた言葉。
それはまるで、懺悔か言い訳だ。

「…なにを」

なにを、ねぇ、倫子。
お前が、あの「修羅」に、なにを感じるの。


「―――私を今にも殺そうとする、痛み」

それは罪が現実の痛覚となって私を貫く証だ。

「…能力差が、摩擦を起こすんだよ」

ただ、それだけ。

絶句した奥田に、倫子は言葉を変えて言い聞かせるように、語った。

海は静かで、波は荒立たない。

(「波」というものは、「世界」が生きている証なのだと、あんたが教えてくれたのに、…奥田)



「私があの痛みと引き替えに手に入れたものは、あいつの足下にも及ばない」

届きはしない距離に、ただ絶望する。

「…悔しいの、倫子」

奥田は小さく、そう問うた。

「…そんなんじゃないよ」

倫子が緩やかに口角を上げる。

それは奥田にも確認できたが、自然に沸き上がったものであるのか、故意に作ったものなのか、肝心なところが、判別できない。


「ただ、あいつの力の気配はね」

あれほど、脅えていたのに。

「うん」

いつ喰われるか、いつ喰われるかと、絶望と暗闇の境で。

「好きだと、思ったよ」

絶対的な光は、変わらずに在ったのだ。

「屈服される。例え命と引き替えにしても、及ばない圧倒的な力の差に」

目には決して見えないはずなのに。

「…うん」

私の「胎内」は、とくりと反応を返している。



「―――真っ直ぐで、綺麗だ」

まるで無垢で純粋な赤ん坊を、この腕に抱いているかのようで。


みちこ。

呼んだ筈の名前は、もう声にはならなかった。

あぁ、これは、とてもとても、都合良く事が運んでいる証拠なのではなかろうか。

奥田は湧き上がる一種の快感に粟肌立ち、ぞろりと身を震わせた。
競り上がる背筋の震撼に、心臓が跳ね上がる。


「奥田」

ふと気付けば、倫子がこちらを睨み付けていた。

「あんたの思惑を、私は知らない」

うん。
うん、それでいいよ、倫子。

「私には関係ない」

例え操り人形の如く望み通りに動こうが、意志に反して裏切ろうが。

そこに意志があるならば。



「私は、好きにするよ」


―――それが正解。




< 93 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop