AEVE ENDING
『己の血を形として後生に残すことが、我々共通の使命だよ』
静かにそう吐き出した男の顔を今では覚えていない。
ただ、普段からなにを考えているかわからない男だったが、この時だけは本音を吐露しているような気がした。
『私にはできなかったが、君は―――』
その秀麗な眉を下げて珍しく、恐ろしく珍しく、願いを。
それに頷いたか頷かなかったかなど、もう覚えてもいない。
ただ、彼がそう望むなら構わないと思っていた。
「女」のそれに興味を持ったことなどなかったが、行為自体なら頭で知っていたし、叶うならば一生何者にも触れずに生を終えたかったけれど。
『とうに、諦めたんだが、ね…』
そうして世界を高みから見下ろす男の小さな後悔は、自分が「それ」に抱く嫌悪感など容易に地に伏せてしまった。
それ以来、大した積極性もなくやってきたが、その男の望みだけは胸に痼(しこり)となって残っている。
(…あぁ、でも)
ふと瞼を上げた先。
喧しい鼾をかきながら熟睡しているパートナーを見る。
(橘となら、きっと後悔しない)
そうして産まれた子供を愛でる自信は、―――以前ならば信じられないが―――なくはなかったし、そして本当の意味での片割れになるだろう彼女を愛する準備なら、きっとずっと前から。
(細胞が、知っていたんだ)
傷だらけの体を引きずって、それでも無邪気なまま前を見て、そして僕を本当の意味で慈しみ、破滅へと向かわせる存在。
もはや自分でも理解できないほど、大切で大切で、仕方なかった。
手にした温もりはなにより容易に与えられ、それを与えた手は誰より醜く深く僕を引き裂こうとしたから。
―――だから。
「子供が欲しい」
ぼそり。
呟かれた台詞に口に含んだばかりの猫まんまを吹き出した。
それはもう盛大に、広範囲に渡って。
「…汚い」
飛びに飛んだ米粒が自ら避けたかのように被害がない雲雀が嫌悪露に倫子をたしなめた。
しかし倫子は先程の一言に息が止まるほど驚愕したのだ―――吹いたけど。