AEVE ENDING
霧雨が降っていた。
この地域だけだとわかってはいるが、世界を覆うような霞む白さに終焉を見る。
「桐生」
数分前に現れた男は何度目になるか、桐生の名前を呼び続けていた。
―――幾田慶造。
人類史上初のアダムとして、未だその命を遂げられずにいる生きた伝説の男。
桐生の祖父にあたるその男は、元来持つアダムの力と最新の医療技術により、その英知を鈍らすことなくアダムとして覚醒した年齢の容姿より遥かに若く、その形容すら保っていた。
(その不気味さは既に人類を、いや新人類の規格すら越えている)
音も光も届かないこの収容所は暗く、陰惨だ。
「享年九十一の幾田慶造が未だ実在するとは、よもや誰も思うまいな」
ふつり。
静寂を破ったそれは、無駄に皮肉を孕んでいた。
まるで無様にへつらい、妬みを乞う、馬鹿馬鹿しいまでに、低俗な声。
久方ぶりに会った孫はやはり、その白濁から炎を消す気配を見せないでいる。
(…まだ、燃やすか)
この特殊な壁に覆われた八畳の空間で、孫と祖父。
昔話を語りに来たわけではない。
「修羅とバケモノは、相変わらずかね」
先手を取った桐生が浅く吐き捨てる。
呼吸に似た抑揚のなさに、慶造はまるで人形を相手にしているような気分に陥った。
(修羅、と、バケモノ)
力なく椅子に腰かける桐生の、それに対する執着は深かった。
こちらが眉を顰めるほど。
確信もなしに、嫌悪してしまうほど。
(歪んでゆく)
そうして強行に出たからこそ、桐生は今この冷たい場所にいるのだ。
「…あのふたりが相変わらずでは困るよ。彼らはこの先ずっと、進化し続ける運命にあるのだから」
―――雲雀、と、倫子。
全く縁のなかったふたりが、因縁めいたそれに繋がれて幾年経ったのか。
『これが、罪…』
とうの昔に。
(歴史は繰り返す。勿論、我々の罪も)
終わった筈の贖罪。