AEVE ENDING





『―――これは、なんだ…?』

慶造と桐生の目に、女性の遺体が目に入った。

救いを求めるように、祈る姿で。

まるで時を止められたかのように美しく、今にも息を吹き孵えしそうな、様相で。

その姿は、磔にされたキリストに祈る、聖母のようで―――。



『不自然だな…』

存在する死、ではない。

異質のもの。

なにかに、或いは何者かに、掬い上げるように優しく、命を奪われた。

吹き荒ぶ極寒の空気はまるで、異界のような静けさを創る。

違和感と、不和。

この場所は、おかしい。









『―――君たち、誰?』


ぞくり、と背筋が凍るような感覚に襲われ、無意識に拳を握る。
悴んでいた指先へ急激に熱が集中しはじめたのは、心臓が活発化した証だ。

衝き動かされている。

何者、かに。




―――気配すら、しなかった。




『…君たちも、アダムなの』


目の前に立つ、こどもは。



『美しい…』

隣に立っていた桐生が、恍惚と呟いた。

孫の悪趣味さは承知していたが、この時ばかりは彼の言葉に同意しよう。

我々の前に現れたのは、「うつくしいこども」、であったのだ。

他に形容する言葉など知らぬ。

ただ、美しい。

その髪も睫毛も目の形も鼻梁も、唇の形も、皮膚の色も質も姿形も。

桐生がマリオネットに求めていた「最高の形」に最も近く、最も遠くにあるような、命あるこども。

人形のような端正さと完璧さ、命が損なわぬ冷たい美器。

人形では持ちえない、畏怖するまでの生々しさ。



(―――…まるで、)





『…これは、君がしたのかね?』

興味をそそられるまま桐生がこどもに問う。

これ、とは目前に広がる屍の海のこと。
まだ齢五、六才であろうこどもにその質問は無理があろうが何故か、「彼」ならば有り得る気がしたのだ。


『…あぁ、……そう。飢えと寒さに耐えられないって皆で泣くから。それに一族で大移動をしたところで、この先には別の先住民がいる。争いになって多くが死ぬのは、目に見えていたから、だから、痛みを与えず、死なせてあげようと思って』

こどもは事も無げにそう言った。
こどもらしい丸みを帯びた声はしかし、大の大人に戯言を信じさせるだけの凛とした強さがある。


それが、恐ろしかった。





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