AEVE ENDING
それは、突然の報せだった。
西部箱舟お抱えの保健医、奥田のもとに信じられない報告が入る。
奥田は思わず、手にしていたカップを落としてしまった。
「―――なに?」
東部へと一時帰還していたササリがトンボ帰りしてきたかと思えば、ドアを蹴破っての報せだった。
「…繰り返すわ。先程、収監所から連絡あり。幾田桐生が知人と面会中、監視が緩んだ隙を突き、逃亡したとのこと」
耳につく切羽詰まったササリの声。
扉を蹴破ったまま息を切らす彼女を前に、奥田は思わず眉を寄せた。
桐生が、逃亡?
―――有り得ない。
「どういうこった」
あの収監所は、アダム専用の難攻不落の城だ。
天井、壁、床、ベッド、椅子、日用品すべてにアダムの持つサイコキネシスを遮断する素材を使っている。
(あの場所でどうやって、)
唇を噛む。
奥田の思考を読み取ったように、ササリが神妙な顔をして詳細を口にした。
「…数日前、何者かから桐生に届け物があったらしいわ。差出人は政界人―――。罪人への物資支援はタブーとはいえ、その相手に看守も油断し、それを桐生に渡したそうよ」
―――それは。
「…糸、」
桐生の業―――、操りの糸。
「…そう。本来なら、念力で造る傀儡の糸。それを物質を操るだけの低い能力で抑えるためにそれを送りつけたんだと思うわ」
しかしまだ足りない。
必要なのは糸、と。
「…面会人を、利用したのか」
あの要塞で唯一の反射板ではないもの。
アダムの力が及ぶものといえば、面会に訪れたヒト、であろう。
「…ええ。面会人のほうもアダムで、それもかなりの実力者だったらしいわ。恐らくは、その人に槐儡の糸を張り巡らせ、一時的に能力を我が物にしたってところかしら…」
なんてことだ。
あんなバケモノじみた男がまさか、再び世に出るとは。
(狙いは)
(…逃げた狙いは、)
「雲雀くん、…と」
『あの醜い体を、すべて私のものにしたい』
「―――倫子…?」
それは啓示であったのか。
我々の醜悪な罪状はいつしか、色褪せ腐敗し海へ沈む。
(…神よ)
あなたは何度、彼女を泣かせれば気が済むのか。