AEVE ENDING






(神でも道具でも遺伝子でもない、「僕」が、求めている)




「…ここにね、」

だからこそ、彼女に語りたいと思った。

「北から、連れてこられた」

いきなり口を開いた僕に、橘が目を丸くしている。


(…君の過去は、僕が無理に暴いたから)

だから僕の過去くらいは、僕の口から伝えなくては。


「産まれた時の記憶は曖昧だけどね…」

抱いていた体が固くなる。
話の重要性に気付いたのか、改めるように僕を見上げてきた。

(そんな畏まって聞く話でもないんだろうけど…)

瓦礫のひときわ高い位置に腰掛け、橘を抱いたまま、素通りしていく風に身を任せる。

(…こんなことを、僕自ら他人に話す時がくるなんて、)

思ってもみなかったことだ。

···
あの頃の僕が知れば、どんな反応を示すだろう。



「寒い土地だった。東部箱舟がある中央よりずっと貧しくて、静かで、生の気配なんか微塵も感じないような」

橘が、ゆっくりと息を吐いた。

寒いのだろう。

彼女の肺を巡った二酸化炭素は白く濁り、その鼻は赤くなっている。


「いつ死ぬかわからない世界で、独りだった」

周囲には両親と呼ばれる者もいなかった。
自分を産んですぐ、ふたりとも病で亡くなったと聞いた。

ひとつの部族の中で、どれほど過ごしただろうか。

もう今は、記憶すら曖昧だ。


「…移動の最中だった。激化する寒さに皆が耐えられないと泣くから、荒野横断の途中で全員を殺して、すぐ」

そこまで話して、橘がその表情にどんな感情をも含ませないようにしていることに気付いた。

きっとわかっているんだ、彼女は。

僕が誰に対しても、悼んでないということを。

だからこそ、なにも感じていない振りをする。



「死体の周りをさ迷っていたところで、桐生に拾われた」

正確には桐生の祖父、幾田慶造も一緒だったが、彼の存在は極秘事項なので一先ずは伏せる。
なにより話すほど、大したことでもない。



「…桐生に、拾われたの?」

驚愕に丸くなった眼を橘が浮かべる。

桐生の名に深い嫌悪が滲むのは仕方ない。

―――まさしく彼に、橘は弄ばれたのだから。





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