AEVE ENDING







「ひ、…っあ」


ズルリ。

足首から溶けてしまうような感覚に陥った。

母の病院を後にして箱舟に戻り、回廊をただ歩いていただけの、その瞬間に。



「っ、あ゛、ぅ」


呼吸がしずらい。

目眩がする。


(なに、これ。なんで…)


胸が苦しい。

頭が痛い。

心臓が、壊れそう。



(兄様…!)

得体の知れない空気がただ、真鶸の身体を包むように漂っていた。

全身の骨が溶けてしまう。


(苦しい、)

霞む視界に、回廊と天井を繋ぐ柱が見えた。

その先にある、無限の海も。


(倫子、さん…?)

この痛みは、僕のものじゃ、ない。

(倫子さんだ、…倫子さんが、これは、)

倫子さんの、痛み。








「―――真鶸、くん…?」

奥田の声がした。

バタバタと足音がする。
こちらに近付いてくる、複数の足音。

奥田とササリだった。



「どったの、真鶸くん」

蹲まっていた体を優しく起こされ、顔を覗き込まれる。
仰向けになり、視界に映った天井はまるで白亜の空だ。


―――眩しい。

眩しい。

苦しい、誰、か。




「精神を圧迫されてる。呼吸がしずらいのはそのせいだよ。今、楽にするから」

奥田の声がすぐ耳元で聞こえた。
冷や汗の滲む額に触れるのは、ササリの大きな掌だ。


冷たい。

まるで血の気が引いているみたいに。



「…倫子の余波に、飲みこまれているんだわ」

絶望を口にするような、声だった。

ササリの、切羽詰まった声。


「…あっちは暴走する手前らしいね。真鶸くんのはただの同調だから、倫子の気配を遮断すれば良くなるよ。…大丈夫、もう少し我慢してね」

奥田が真鶸を慰めるように言う。
でもそれは、慰めになんかならなかった。




『もう、遅いの』

消え入るような、あの人の声を。

『もう、手遅れだったんだ』

諦めてはダメだと、言葉にしたいのに。




「…っみち、こ、さ」

痛みに喉を塞がれて、声に、できない。






『もう、終わらせなきゃ』


あぁ、倫子さんが泣いている。



『壊れてたんだ、はじめからずっと、』




―――コワレテ、タ。








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